ひだまり日記

聾という障害を理解していただきたいのです・・・

先天性聴覚障害者(聾者と表します)についてお話したいと思います。

長くひだまり日記をお読みいただいている方はご存知だと思いますが、私が福祉といわれるこの世界に入るきっかけは一人の聾者Sさんとの出会いでした。私は彼女と話したかったので独学で手話を学びました。片言のときからSさんと話し「聾者」の生活を知り、「あなたのことは信じるけど、地域のことは信じない」という言葉にとてもショックを受けました。

そのときから私は「地域」にこだわって活動してきました。同時に手話に頼るしかない聾者に私は何が出来るのかを考えてきました。聾者の集いの場を作り、介護・救急・料理・栄養・文章のことなどを手話で学ぶ講習会を行ってきました。友人達のための手話通訳もしています。

健聴者の多くは聾者とは「耳が聞こえない障害」だと思っていらっしゃると思います。聾者の場合は「聞こえない」だけではありません。

健聴者は赤ちゃんのときに人の声を聞いて言葉を覚え、自分の声を聞いて正しい発音や声の大きさを知るのです。聾者は音を知らずに育つので、発声そのもの・正確な発音で話すことが難しいです。これが「話せない」障害です。

が、もっと厳しいのが二次障害といわれるものです。その一つが「情報不足からくる健聴者社会とのギャップ」です。耳から得る情報というのは想像以上のものです。例えば、お腹がすいたとき「ぐーっ」となること・トイレをするときに音がすること・食器がぶつかると音がすることなどを彼らは知りません。後ろから車や自転車が来ていてもクラクションが聞こえないから避けようともしません。そういうときに人が嫌な感じを持つことなど想像できません。人がそのことで眉をひそめているのだとは思いませんから、健聴者のそういう表情を見ると「聾者を嫌っている」と思い込みます。

健聴者にしてみれば聾は見て分かる障害ではないから、その音を出している人が聾者だとは思いません。聾者だと分かったとき「聾者は図々しい」と思われてしまいます。。健聴者は当然知っている「音のトラブル」は彼らには理解しにくいものなのです。

もう一つの二次障害。健聴者が物を考えるとき、頭の中で自分の声で文章を話しているでしょう?聾者は「手話を動く映像として頭に描いて」考えているのです。アメリカ人が英語で物を考えるのと同じように、聾者は「手話語」で物を考えているのです。手話は単語で「て・に・を・は」がありません。助詞の重要性は手話を学ぶと分かります。つまり、筆談は出来ると思っても、聾者にとっては非常に難しいものなのです。健聴者の語彙数と手話では雲泥の差があって、書かれた文章を必死で手話に置き換えても、書かれた内容の十分の一ぐらいしか読み取れないかもしれません。聾者と社会のトラブルの多くはこのことが原因なのではないかと感じています。筆談される場合は「簡単に・絵や図を入れて書く」ようにしてください。職場・医療・教育などの現場で聾者と関られる読者の方がいらっしゃいましたら、このことをご理解ください、そして周りの方にもお伝えください。

手話がブームになって久しいです。手話に抵抗が無いのだととらえることも出来るかもしれないですが、彼らが戦前戦後、障害者に対する無理解・蔑視の中で人目を避けて「自分たちの言語」として必死で守った「手話」です。国際障害者年を境にテレビなどで取り上げられ急に日の目を浴びたといわれます。

手話サークルに長年通っていても聾者と話したことがないという方がいらっしゃいます。困っている聴覚障害者がいたらお手伝いしたいと思っていらっしゃるでしょう。聾者が頑なで「私は聾者です。手を貸してください」と伝えないし、見えない障害だから街中で声を掛けられないということもあるでしょう。どうか、なぜそうなってしまったのか、彼らのたどってきた歴史と聾という障害をご理解いただいきたいと思います。手話と関わることがある方はこのことをいつも心の隅においていただきたいです。

手話を使う聴覚障害者はほんの一部です。中途失聴者や難聴者、健聴者家族の中で育った聾者は手話を知らない可能性が高いです。その方に合ったコミュニケーション手段を選んでください。
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# by hidamari-blog | 2006-10-25 20:23 | 聾者

若くして記憶を失うこと・・・

数年前から関わらせていただくことが増えた「若年性認知症」についてです。「若年性認知症」とは、65歳以下で発症するアルツハイマー型やピック病などの認知症をいいます。40代での発症も多いです。

配達に行って行き先が分からなくなる、パソコンのパスワードが分からなくなるなど仕事上の支障がでます。家庭でもテレビのリモコンや携帯電話の使い方が分からなくなるなどの状況が出てきます。ご本人も物忘れがあることに不安を持ちます。

初めは病院で「ストレスによる『うつ症状』」と診断される方がほとんどのようです。さらに症状が進んだとき「認知症」と告げられるようです。(全てのご本人が病名を知っているわけではありません)

服薬しながら仕事を続けられますが、ミスが多く「辞めてほしい」と言われます。生活が大きく変わりご家族の厳しい状況が始まります。年金の受給はまだまだ先です。子供さんの学費・家のローンなどが経済を圧迫します。ご本人も突然仕事がなくなり何をして過ごしたらよいのか分からず落ち込みます。

家族にはそれぞれの生活があります。ご本人を残して仕事に行くのは気が気ではありません。そこでデイサービスなどを利用しようと考え、介護保険の手続きをします。若く健康なので日常生活動作(ADL)が自立していて判定は低く、週一回程度しか使えません。そのうえ、若いご本人が楽しく過ごせるデイサービスはほとんどありません。家族も「お年寄りの多いデイサービスでポツンと過ごす様子」を見ると可哀想で利用を止めることが多いです。

「認知症なので何かあったら教えてください」とご近所の方にお願いできたら安心なのですが、出来れば隠しておきたいのが本音です。認知症は一見して分かるわけではありません。ご高齢の方だと「お年だから少しモウロクされたかな?」と考えますが若年の方の場合は想像しにくいですから、周りの方も「様子が変だな」と思っても声を掛けにくいです。結局、家に閉じこもった状況になってしまう…当然の流れだと思います。ご本人も「何が起きるか分からない外」に行くより「家の中」にいるほうが安心なのかもしれません。

とはいえ、ご家族が忙しそうに生活されていると自分も何か手伝わなければと思います。ところが、以前は出来たことがうまく出来ず、かえって家族に負担をかけてしまう。初期・中期の頃のご本人は特に苦しまれるようです。分からない・出来ないことに戸惑い、忘れてしまうことに恐怖を感じていらっしゃいます。関わらせていただいている中で「自分はおかしなことを言っていないか・していないか」と、私たちの表情を必死で見極めようとなさる様子はつらいです

「明日の記憶」という映画をご存知ですか?私は原作を読みました。何人かの方々と接している者としては、皆さんの心の波立ちを思い涙が止まりませんでした。今は入所されましたがお一人の女性のことを思いました。もっと早くお目にかかれていたら、ご本人・ご家族の苦しみを少しは軽減できたのだろうかなどと。

前段でも書きましたが、一般のデイサービスのやり方は合わないことが分かっているので、若年性専用ではありませんが、ひだまりは違う形のデイサービスを作りました。今いらして下さっている全ての方が満足されているとは思いませんが、いくらか楽しんでいただけていると信じて活動しています。

もし身近な方で「何となく様子が変…」と気づかれることがあったら、迷わず早く受診なさってください。変だ変だと思い続けていたので病名がはっきりしたことである意味ホッとしたというご家族・ご本人もいらっしゃいます。何より早い対応は結果的にご本人の苦しむ時間を少しは減らして差し上げられるように思います。

認知症や様々な障害を持つことは決して恥ずかしいことではありません。いずれ誰もが行く道です。どうか「手を貸してください・見守ってください」と堂々と声を出してください。「おせっかいやき」な地域がこれからの時代に必要だと思っています。地域の人の心を信じて見ませんか?ひだまりにもご相談ください。ではまた、お目にかかります。          
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# by hidamari-blog | 2006-09-27 22:06 | 認知症

心の痛みを知ることは・・・

毎日、新聞やニュースでは見たくないほど殺人や虐待の話題が流れます。

「子供たちに命の大切さを教えよう!」などと言うけれど、どうやって教えるのでしょう。殺人や戦いの映像やゲームが氾濫していたら感覚が麻痺するのは当たり前です。大人が騙し合い、簡単に殺人事件を起こし、弱い者を虐待しているのを見聞きしている子供たちが真似をしても無理は無いでしょう。子供達自ら「大人は悪いけど、自分たちは正しいことをしよう」…と考えてくれたら、素晴らしいとは思いますが。

私は戦争を経験なさった方たちから、多くの貴重な体験を伺います。女性たちは「銃後の守り」「戦地に送り出す苦しさ」を。兵隊に行かれた男性方からは「戦友を失った悲しみ」「捕虜になった思い」などを伺います。皆さん、搾り出すように話されます。敵を倒さざるを得なかった方たちです。国を家族を守るためと言われ必死で戦った方たちです。

そのとき敵の命を絶った経験を持つ方たちですが、戦後も平気で人や小動物を殺したり傷つけたりなさったでしょうか? そんなことはありません。私たちよりはるかに「自分を律する力」「己に克つ力」「良心に従う強い心」を持っておいでです。この時代この精神力を身に着けることは少し難しいかもしれません。
せめて優しさの基本「自分がされたら嫌だと思うことを人にしてはいけない」ということを教えるしかないのでは?と思うのです。

犬や猫があちらの店でもこちらのホームセンターでも売られています。売れるからと、どんどん繁殖させてしまう業者。命を簡単に商品として並べる店。「可愛い」と縫いぐるみのように買っていく無責任な人たち。実際に飼うと、躾けも大変でめんどくさい・うるさい・病気をする・手間がかかる…とゴミのように捨ててしまう。(市民の安全の為に繁殖しすぎた野良犬を捕獲する役目を担っていた動物管理センターは、今、野良犬は減って「飼えない」と連れてこられる犬や猫が増えていると聞きました。)
『お店の狭いガラスケースの中から、暖かく幸せなお家に連れて行ってもらえて、みんなに可愛いって抱きしめてもらった。うれしくて思い切り遊んでジャレたら『痛い』って。おシッコしたくなってしたら『こんなところにしちゃダメ』って。どうして?分からないのに…教えてくれたら一生懸命覚えようと思ったのに…。優しかった人たちが居なくなって、急にまた狭い柵の中に連れて行かれたの。他にもたくさん知らない子達がいたの。で、少ししたら…』―――こんな風に書いているだけで涙が出ます。

自分のもとに生まれてきた大切な子供さえも、「うるさいおもちゃ」のように思う親もいる時代。ものが溢れ、命を大切なものだと認識できないこの時代をどうすれば良いのでしょう。

「あなたがこの子猫だったら…どう思う?」「あなたが○○チャンだったとして、無視されたらどう感じる?」「道に落ちているガムを踏んでしまったら、どう思う?」「イライラするからと親にぶたれたらどう思う?」「狭い道で大きな車がスピードも落とさずギリギリに走ったらどう?」
命あるものの心の痛みを想像できない大人たちが、柔らかい子供たちの心を荒れたものにしてしまっているのではないかと思います。

大人とはもちろん「親」だけではありません、社会そのものです。ただ社会とは、一番小さな核である家庭が集まって作られていると思うので、やはり一番大切なのは家族・家庭の考え方でしょう。偉そうに言っていますが決して私は立派な親ですなどと言っているのではありません。反省をこめて生意気を承知で書いています。

子育てほど難しいものはありません。親もその子の親をやるのは初めてです。何人子供が居ても一人ひとりが個性の塊で「その子」とは「初めまして」なのですから。情報が氾濫し人間不信になりそうな今の世の中で子育てをすることは、どれほど困難なことか想像できます。でも、素晴らしい可能性を持った大切な大切な命です。地域ぐるみで「広い視野と澄んだ瞳と心を持った素敵な人」に育てていきたいものです。

夏休みも残りわずか、素敵な思い出を作って差し上げてください。 では、また次回。
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# by hidamari-blog | 2006-08-27 13:41 | 子どもたち

愛犬のアレルギーが改善されるかもしれない…

さわやかインフォメーション、100号おめでとうございます。ひだまりは「さわイン」のおかげで多くの方々に知っていただくことが出来ました。

冊子ひだまり日記Vol1にも書いていただいているのですが、一本の電話がきっかけでした。こんなに長くお世話になるとは思いもしませんでしたが、たくさんの読者の方から励ましをいただいて続けることが出来ました。読者の皆様と三ツ境ASAのみなさまに心から感謝いたします。これからも、地域の情報発信基地としてますますご活躍ください。

さて、今回は我が家の犬のことをお話します。といっても、犬自慢ではありません。愛犬の皮膚のトラブルで心を痛めていらっしゃる方へ、我が家の例がお役に立てるかも…と思ったのです。

「めりぃ」はラブラドールレトリバーという盲導犬や介助犬によく使われる犬種です。5歳の時、前の飼い主さんが重病だった(?)とかで、一人ぼっち残されていた子です。心配した近所の方の紹介で、クリスマスの日に我が家にやってきました。

前に飼っていたパンチという犬が16歳で亡くなってから約2年犬のいない生活をしていました。仕事が忙しくなったので犬を飼うつもりはありませんでした。一日中、留守番をさせることになるし、疲れ切っているときに散歩をしなければならないことが負担になると思っていたからです。

でも、めりぃに会ったとたん、その思いは消えました。必死に訴えている目を見てこの子を飼おうと決めました。賢く人なつこい素晴らしい子でしたが、めりぃの過去が全くわかりません。

めりぃの手先の毛が赤く変色してきたとき、金が谷にある浅野動物病院の院長先生から「ストレスだと思う。散歩は量より質です。」と教えていただきました。たまたま散歩のとき、以前から知っていた「ラブちゃん」というゴールデンレトリバーが飼い主さんの手袋をおねだりして、それをくわえて嬉しそうに歩いているのをみかけました。

もしかして…と思って持っていたタオルを丸めてめりぃに渡すと「パク」とくわえて、尻尾を大きく振ってご機嫌で歩きました。(今も毎回散歩の時には自分のおもちゃをくわえています。)それから、徐々に手先の赤さは消えました。二ヶ月近くめりぃは満足できない散歩をしていたのです。…空白の5年間を長いなあと思いました。
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初めての夏、めりぃのお腹には赤いブツブツができて、とてもかゆがりました。耳の中はいつもベタベタしています。お医者様はアレルギーと診断してくださいました。そして、「市販のドッグフードをやめてみたら?野菜と脂のないお肉をゆでてお米のご飯にかけてあげてみて」とアドバイスをいただきました。

そのころ、あるテレビで食欲の無い犬に与えると嬉しそうに食べるのは「おから」だと知りました。めりぃは食欲が無いわけではないけれど、おからは体に良いだろうなと思いました。キャベツと豚肉をゆで汁ごと、おからにかけてめりぃに出すと大喜びで食べました。しばらく続けていくうちに、ブツブツは消えていき、耳の中もきれいになりました。どのくらいの期間だったかは今思い出せないのですが現在全く症状はなくなりました。耳もいつもきれいなピンク色です。

様々なアレルギー症状が全てこの食事で無くなるわけではないでしょうし、場合によってはおなかを壊したり、体質に合わないかもしれないです。とはいえ、薬を飲み続けなければならなかったり、かゆみで苦しむ姿を見ていられない…と思っていらっしゃる飼い主さん、一度お試しになってみませんか?

ちなみに…。朝ごはんは、おからにお湯で薄めた牛乳をかけ煮干をのせたものです。夜はおからに「合い挽き・キャベツ(白菜・大根・ジャガイモなどネギ類以外の野菜)・押し麦をゆでたものをゆで汁と一緒にかけたものです。

めりぃ専用の鍋に4日分ぐらいまとめて作って冷蔵庫に入れてあります。また、おからは痛みやすいので、買ってくるとすぐに500グラムぐらいづつに小分けし冷凍しています。私が買っているおからは、中尾商店街の高橋豆腐店です。約1キロのおからが30円、安くて新鮮です。

暑い夏、かわいい愛犬が少しでも気持ちよく過ごせますように。
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# by hidamari-blog | 2006-07-27 20:31 | 動物

暑い夏、少しでもサッパリと過ごしていただきたいから…。

暑い季節がやってきました。皆様お元気でいらっしゃいますか?

汗だくで家に帰って入るお風呂やシャワーは最高ですね。たとえエアコンの効いた部屋で汗が引いたとしてもやはり、肌のベタつきは気持ちが悪いですから入浴は欠かせないです。

お年寄りやご病人、障害をお持ちの方(文章中「この方たち」と表現します)も同じです。今回は入浴・からだの清潔について書きます。

私たちは当たり前のように毎日入浴しています。たまに、水道代が…ガス代が…と気になることはあっても入浴そのものに特別問題はないですよね。ところが、この方たちと介護をなさっている方たちにとっては大問題になります。

ハード面では家庭用の浴室・浴槽はバリアフリーを意識して作らない限り、狭い(広すぎる)、高い、深い、すべるなどバリアだらけです。介助者が入ると動きが取れなくなるのが普通です。ソフト面では、入浴介助は体力と時間が必要です。

状態が厳しい方の場合は一人では無理ですから二人が時間を合わせておかなければなりません。お仕事をお持ちのご家族が疲れて帰ってきたときに頼むことはこの方たちにとってつらい事です。一般家庭で、この条件の中で毎日入浴を望むことは不可能に近いと思います。福祉サービスとして「入浴サービス」「デイサービス」などがありますが、週2回程度の入浴では暑い夏に心地よくすごしていただくことは難しいです。気軽に利用できる入浴施設とボランティアグループなどがあるとよいのですが…。

少しでも気持ちよくすごしていただくための方法を書いてみます。実際に様々な工夫をされていらっしゃる方も多いと思います。生意気にお教えしようと言うのではありませんのでお許しください。

お顔と手は汗をかかれる都度、拭いて差し上げたいです。それ以外は「今日は足と腕」「背中と胸」というように分けてなさると良いと思います。広い面がサッパリすると、ぐっと気持ちよくなるはずです。お下(臀部など)については、排泄後、手早くお拭きするのが一番です。(古いティーシャツなどを適当な大きさ・厚さに切って折って置くと良いです。使用後そのまま捨てても良いし、専用バケツに漂白剤の希釈液を用意して次々浸しておくのも方法です)

いずれをなさる場合でも基本的なことは同じです。必ずその時の体調を確認してからなさってください。

準備:乾いた浴用タオル(腕や足用)・バスタオル(背中胸用)。タオルケット。清拭用ハンドタオル・浴用タオル。清拭剤は必要に応じて、タオルを浸す水やお湯に溶かしておくと便利です。ご本人に排泄を済ませていただきます。

手順:①タオルを濡らし、適度に絞ってから広げ、介護者の手の大きさぐらいに畳みます。

②ポリ袋に①のタオルを3~4枚入れ、電子レンジで蒸しタオルを作ります。袋は縛らず折っておく。

③袋から出さずに清拭する場所へ。拭く場所以外が濡れない様に衣類を脱ぐかまくるかしてから、タオルを袋から出します。(袋の口は又折っておきます)かなり熱いので注意してください。介護者が熱いと思う程度に冷ましてからご本人に熱さを確認していただきます。大丈夫なら、しっかり手早く拭きます。皮膚が弱い方はそっと拭きますが、一般的にはキュキュと拭いたほうが気持ちよいです。拭き終わったら間髪いれず乾いたタオルで濡れた場所をおさえます。これをしないと水分が蒸発するときに寒さを感じますし、湿気でさっぱりしません。終わったところはタオルケットを掛けておきます。

④髪は入浴サービスなどで洗っていただくのが良いと思いますが、日が開いて気持ちが悪いようでしたらドライシャンプーを使いましょう。使い方は製品の説明書どおりでよいと思います。

清拭をするとき、エアコンは出来れば切っておいたほうが良いでしょう。入浴と違ってやはり寒気を感じる可能性があります。介護者はかなり暑いと思いますが、ひとがんばりお願いします。終了後、出来るだけ水分をおとりいただいてください。清拭に必要なものは一まとめにしておいて、その都度バタバタ用意しなくても良いようにしておくと便利です。

文章だと分かりにくいと思うので、ご質問などありましたらお問い合わせください。この夏、気持ちよくお過ごしになれますように…
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# by hidamari-blog | 2006-06-25 20:13 | 高齢者

理由の分からない「イライラ」「ウロウロ」は…

お食事前・直後の方には申し訳ないのですが、今回は「認知症の方と排便」がテーマです。

便秘の経験はお有りでしょうか?トイレに行けず我慢なさった経験は?食事量や食事内容によってスムーズな排便だったり、便秘になったりすることはご存知ですよね。

認知症の状態によっては尿意便意が分からなくなることがあります。便意があっても「トイレと排便が結びつかない」認知症の方が、いつもと少し違う「イライラ」「ウロウロ」をなさるとき「排便かな?」と考え、お腹を触ってみてください。硬くなっているかもしれません。「ウロウロしないで座っていたら?」などと言われてしまうと出口まで来ている便を押し込み、タイミングを逸してしまいます。

痛みや不快感があることは文頭に書いたご経験をお持ちの方はお分かりでしょう。言葉で表すことができない認知症の方はもっとつらいのです。とはいえ、排便と分かってトイレにお連れしても「いきむこと」「出るまで座っていること」がなかなか難しい場合があります。痛みがあればなおのことです。すべての方に通じる方法ではありませんし、一緒にトイレに入れることが条件ですが一つ方法を。

トイレに座っていただいてひざ掛けやバスタオルをかけます(羞恥心を大切に)。普通におしゃべりをしたり、歌を歌ったりしながら、お腹に手のひらをあて「おへそを中心にゆっくり大きく「の」の字」にマッサージします。下腹に向かって押し出すようにすると腸が動いてくれるのか、少し楽に出るように思います。又、痛みや裂傷の軽減にオロナイン軟膏のような刺激の無いものやオイルを(体に合うもの)あらかじめ肛門と周辺に塗って差し上げると良いかもしれないです。(塗るとき少し押すと刺激になります)

便秘の原因は色々あるのでしょうが、水分不足・運動不足・食事内容もあると思います。ご高齢になられると飲み物を摂られなくなる方が多いです。

お食事も普通のおかずを召し上がるのに、ご飯だけおかゆになさる方がおられます。何故なのかな?と思うのですが。お米は力が出ます。おかゆの一膳とご飯の一膳ではお米の量が違いますから、可能であればご飯にしたいです。

寝たきりも便秘に拍車をかけます。人間って重力が必要なのだなと思うのですが、立つ・歩く・座った姿勢から立つなどの動作が大切なのでしょう。ウロウロするのは、腸を動かすための自然な行動なのかもしれないと思います。

以前デイサービスにいらしていた頑固な便秘の認知症男性を相模川の河川敷(石ころだらけ)にお連れしたことがあります。歩行が難しかったのでスタッフと二人で車椅子を押して歩きました。その日帰ってから大量の排便がありました。笑い話のようでしょう。

立つ・歩くなどの動きがあれば、喉も渇くしお腹もすきます。お腹がすけばおかゆでは足りません。しっかり食べればお腹は動きます。お腹が動いて排便があれば認知症の方の「妙なイライラウロウロ」を少しは減らせると思うのです。

使い勝手のよい紙おむつが増えましたが、「もらすから」といって、安易におむつを使うのは待っていただきたいです。おむつを使うとますます尿意便意がなくなってしまいます。家族が外出するなど必要な時だけにして、普段はリズムをつかむ為にもトイレへお連れするようにしていただきたいと思います。

赤ちゃんを考えてみてください。「おしっこ」「うんち」が言えなくて、オムツでしても大丈夫な間はトイレと排泄が結びつかないですよね。家族がタイミングやリズムを見計らってトイレへ連れて行く、その繰り返しで覚えていくわけです。

認知症の方はその逆を進むわけです。出来ていたことが出来なくなるのは確かですが、少しでも長くその方らしい笑顔のある生活をお続けいただけるよう願っています

厳しい介護の毎日を続けていらっしゃるご家族に対して無理を申し上げるつもりはありません。理由が分からないイライラウロウロがあったら試してみていただければと思います。

付け加えますが、私は医療や看護のプロではありませんから、すべて今持っている知識と経験で書かせていただいています。お一人お一人、状況が異なりますから水分・運動・食事などは必ずお医者様や看護師さんにご相談ください。

では、又次回お目にかかります。               
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# by hidamari-blog | 2006-05-28 23:13 | 認知症

介護保険の改訂に翻弄されるのは…

春爛漫とはこのことだ…と思う今日この頃です。皆様、いかがお過ごしですか?
こんな素敵な春なのに、介護保険を利用されている方・事業者は厳しい冬を体験しています。

平成12年に介護保険がスタートしてから小さな見直しはありましたが、今回は大きな改訂です。なぜ税金を払い、介護保険料を負担している私たちが、「行政の勝手な決め事」にこんなに振り回されなければいけないのだろうかと、怒りを越して悲しみを感じています。あんなに無駄遣いをし、悪いことに使うお金はたくさん有るのに!!

「要支援」だった方々が一番厳しい状況だといわれています。
 行政は、お元気な方にも介護認定を勧め「保険料を払っているのだから使わなければ損…」と言わんばかりに「それ、使え」「やれ、使え」とサービス利用を勧めました。そのために、溢れるほどのケアマネジャーさん、各種事業所も登場しました。

私もひだまり日記の中で再三「日常生活の中で『何とか出来る』は続きません。少しでも『しんどい』と思ったら人の手を使って下さい。」と言ってきました。心も身体もまだ元気な時だからこそ環境の変化に対応できるのです。弱ってから、自分の大切なプライバシーの領域に他人が入ること、デイサービスなどの変化に対応する事は本当に厳しいと思うからです。週一回でもヘルパーさんが来る事で外の風が入り、抱え込みがちな「介護」が少し楽なものになるのも確かです。

介護保険が始まり、福祉サービスを使う事が当たり前になった事を私はとても喜んでいました。 私がヘルパーだったころ「福祉サービスを使っていることは近所には秘密にしたいのでヘルパーだと言わないで欲しい」とよく言われました。そのぐらい、福祉サービスを受ける事は恥ずかしいと思われていたのです。

それが、「介護は家族だけで負担できるほど簡単なものではない」「医療保険と同様、介護保険料を支払っている以上当然の権利」として使えるようになったのです。このように認められる時が来るなど思いもしませんでした。

が、見直し見直しが続き、今回は強烈な締め付けがきました。予防介護の方を拒否する事業所が出てくる可能性があります。料金設定が非常に低いからです。
さらにサービス全て、受け入れ人数(利用者数)が少なく設定され、それ以上を受けると減算というペナルティーがきます。
結局、介護保険を利用しづらいものにして、介護保険の出費を抑えようとしているのです。

前回のひだまり日記に頂いたご意見の中に「パンクが目に見えている介護保険制度に必要な解決策」「不正をしてまでも儲けようとしている経営者もいる」「使えるものはトコトン使おうとする人が居る」などがありました。おっしゃるとおりです。
 ひだまりのようなちっぽけな所はもともと収入が少ないのですから、さらに減ってもたいしたことはないですが、大きく仕事をしていたところはダメージが大きいだろうと思います。そういうところが対応策を考えると、結局利用者さんにとって悪い状況になるとしか思えません。

お金持ちの方は実費でいくらでも使えるのですから良いですが、一般庶民は利用を手控えるしかなく、家族への負担が増します。
 ヘルパーが来ることで「楽になった」と感じていたことを、改めてご自分がなさらなければならなくなった時は以前よりつらく感じる事と思います。ご高齢のかたにとってこの変化は厳しいと思うのです。

大局を考えればこのくらいの犠牲は仕方ないと思われるかもしれないですが、やはり私は庶民にこういう思いをさせる行政の罪は大きいと思います。納得できる税金や年金・保険料の使い方をしてくれているのであれば良いのですが…。

ひだまり日記で私如きが怒って吠えても何もならないのですが、渦中できりきり舞いさせられている方々の代弁をしたくて、今回書かせていただきました。では、又。
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# by hidamari-blog | 2006-04-23 22:28 | 福祉サービス

介護に必要な強い優しさ

4月からの新しいスタートに胸を弾ませていらっしゃる方。介護職・福祉職を目指していらっしゃる方に、少しだけ先輩の私から、一方的にアドバイス(苦言)をさせていただきます。

この仕事は一種の「サービス業」です。心や身体に何かのつらさを持った方達が対象者です。一時的なことであろうと、継続的なことであろうと「手伝って欲しい」「力を貸して欲しい」と思っていらっしゃる方々です。

完璧なお手伝いができるとは思えませんし、相手の方もパーフェクトを望んではいらっしゃらないでしょう。ただ、一生懸命に真っ直ぐ向き合って欲しいと思っていらっしゃるはずです。

相手の方は百人百様です。生育歴・学歴・職歴、経済状態・家族関係など全てがその方を形作る要素で、現状に大きく反映しています。そのような方々を受け止める私達は、心身ともに健康でなければいけないのです。特に、精神的にかなり強くなければ持ちこたえる事はできません。

この仕事に就く要素として「優しい」ということがあります。優しさは絶対必要条件ですが、「優しい」の意味をよく考えて頂きたいのです。私見としては「強くて優しい」が正しいと思っています。「強い」のは相手の方に対してではありません。「自分自身」と「相手の方にとってマイナスの要素を持っている人や団体」に対して強くはっきりとした態度を取れると言う事です。

「真の強さ」をもっている人は、相手の方に対して「強者」の立場に立つことはありません。相手の方が「同じ目線でいてくれる」と思えるのです。
心の弱い人(優しい人と勘違いされがち)は、初め優しい態度をとれるのですが、相手が自分より弱いと分かると次第に強者へと態度を変え始めます。物の言い方が威圧的になったり、態度が横柄になったり、場合によっては相手の方を赤ちゃん扱いしたりします。もっと進んでしまうと、虐待につながる可能性もあります。

それまで、弱くていつも誰かに従わなければならなかった自分・劣等感を持っていた自分。ところが、「大変な仕事なのに偉いねと言われる」「相手の方が有り難がっている」「相手の方が心身を委ねてくる」「介護の仕事をしている自分は偉い」こんな気持ちが驕りにつながってしまうのです。

求人情報をご覧になることがありますか?介護関係の求人は膨大な量でしょう?新設事業所の募集だけでは有りません。つまり、長続きせずに辞めていく介護職が多いという事だと思うのです。
その原因はいろいろ有ると思いますが「仕事がきつい割には報酬が少ない」「もっと評価されても良いのではないだろうか」「他の所に行けばもっと良い待遇なのではないだろうか」ということなのではないかといつも思ってしまいます。
もっと穿って考えれば「お年寄りって可愛いと思っていたのに違うじゃない」「研修のときに言われた事とちがうじゃない」などと考えるのでは…?理想高く「この施設の介護は納得できない」と思って辞めていくということであれば本当に良いのですが。

大きな施設とひだまりのようなちっぽけな施設では条件がかなり違います。だから偉そうな事ばかりを言うつもりはありませんが、一番大切なことは「長く太い人生を送ってこられた方々の集団」では無く「長く太い人生を送ってこられた方々お一人お一人」が対象者だということです。
個々の方が抱えていらっしゃるその重さを、一緒に持たせていただくのに、耐えられるだけの力を素養として持っていてくださると本当に嬉しいです。もちろん介護職としての道を歩きながらその力を身に付けていく、パワーアップしていくことも大切でしょう。そのためには、「間違った優しさ」では駄目なのです。

介護保険の改悪(あえて言わせてください)」が4月から始まります。これは、「権力のある者たちからの、優しさの全く無い庶民への強烈な有無を言わせぬ圧力」です。こんな福祉施策に翻弄される方々を、少しでも元気付ける事ができるのは、かかわる介護・福祉職の「強い優しさ」だけです。

この仕事を志す皆さん、社会で色々な経験・体験をしながらどうか「強い優しさ」をしっかり養ってください。
現在この仕事に関係されていらっしゃる方々、一緒に怒りながらがんばりましょう。笑顔だけは絶やさずに…。
偉そうな事ばかり書いてごめんなさい。
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# by hidamari-blog | 2006-03-26 18:01 | 福祉サービス

2月号:口を出さずに、手とお金を・・・

皆様の身近に在宅介護の日々を送っていらっしゃる方がいらっしゃいますか?いらっしゃるとしたら、主に介護をなさっているのは、どなたですか?今回は「お嫁さん」を例にとってお話してみましょう。

もともと同居生活だった場合は、これまでの歴史や覚悟があるのでまだ良いのですが、別々に暮らしていらしたお年寄りと同居を決めた場合、ハード・ソフト両面で多くの問題が発生します。お年寄りの部屋をどこにするのか、場合によっては子供部屋を空けることになる場合もあるようです。トイレや浴室のリフォームなども…。

スペースの問題がクリアーできたとして、経済的負担・生活リズムの違い・家族関係などが。子供たちが巣立っていればまだ良いのですが、受験期や反抗期の難しい時期の場合は別の問題が発生してくるでしょう。「今度、おばあちゃんが一緒に暮らす事になったからね」と話すと、駄目とは言わないけれど、暗に関りたくないといっているような…。

学費や生活費、家のローンなどもあって、ご夫婦で仕事なさっている。日中はお年寄りだけになってしまうが「構わない」と言って下さるので、当面は状況を変えずに同居がスタートします。夫の兄弟姉妹は「これで安心した。お姉さんよろしくね。手伝いが必要な時はいつでも言ってね。」「ありがとう、そうさせてもらいますね」などという会話があることでしょう。

お年寄りにとって環境の変化は厳しいものです。心か身体のどこかが弱くなったからこその同居ですから、その弱い部分に激変が響きます。朝「いってらっしゃい」と家族を送り出したものの何もする事がない。お嫁さんは「のんびりしてて下さい」と言うが、元々働き者だった。役に立ちたいが、慣れない家のやり方は分からない。元の家だったら、○○さんがお茶のみに来る・ゲートボールの日だ・月末は老人会の誕生会…、楽しいのに。友人は居ないし、老人会にも誘われないし、散歩に出ても迷子になりそう。

この繰り返しは足腰を弱らせ「楽しく生きがいを持っていた過去へ」とお年寄りを追い込んでしまうようです。(…認知症がこのように進んでいくと思っています)要介護状態になられたお年より。

さあ、お嫁さんはどうするでしょう。通院や、介護サービスの見学・契約、見守りが必要で早退・遅刻・欠勤が増え、職場に居づらくなります。子供が休みだからと頼むと「友達と約束があるから駄目」、夫は「そんなことで休めるわけないだろう」と、まるで「妻の仕事より自分の仕事の方が上等だ」と言わんばかりの一言。「何かあったら言ってね」と言っていた兄弟姉妹も「こちらの生活もあるので…」と断られてしまう。結局、お嫁さんしかないのです。結果的にお嫁さんは仕事を止めることになるのです。

子供たちは自分のペースを変えないし、お年寄りをうっとうしく思っている。夫は「任せるよ」と、ろくに相談にものってくれず、まるで他人事。兄弟たちは必要の無い時に来て「お客様状態」(お嫁さんは接待しなければいけない)で、おばあちゃんに良い顔だけして帰っていく。ひどい場合は「デイサービス行きたくないって言ってるのに、何で無理やり行かせるの?仕事止めたんだから、ちゃんと看てあげてよ、私なら行かせたりしないわ…」などと言って自分の家へ帰っていく。
味方は誰でしょう?まるで、四方八方敵ばかりのように思えませんか?

私達は介護者の方々の「叫び声・泣き声」を心が潰れるような思いで伺います。お年寄り(要介護者)が悪いのでは無いけれど、結果的にお年寄りを恨むようになってしまうのが分かっているからです。家族や親戚との間にも深い溝を作ってしまいます。こういう現実に日々苦しんでいる介護者がたくさんいらっしゃる事を知ってください。

「主になる介護者」がどなたであれ、周りを囲む人々は「必要な時の手とお金を出して、口は出さない!!但し、ありがとうの一言は忘れずに!」。特に旦那様方、「お疲れ様、ありがとう」の言葉を。
今回も生意気を申しました。介護に疲れていらっしゃる方、つらい時はご遠慮なくお電話下さい。
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# by hidamari-blog | 2006-02-28 11:39 | 高齢者

1月号:送迎ボランティアに規制がかかった

「80条許可車両」という文字をボディーの両側につけて走っている車をごらんになることはありませんか?この文字とともにグループの名前が書いてあると思います。

「自動車を使用する送迎ボランティア」の中で“法人格を持ち”、“国土交通省の許可を得て活動する”「福祉有償移動サービス」というジャンルにくくられる団体が活動しているのです。

ひだまりは平成9年から(前身のボランティアグループの頃から)10人前後のボランティアさんによる送迎を行ってきました。
ところが、「お金をいただいて活動する送迎ボランティアは『道路運送法第80条第一項』に定められた基準を満たさないと有償で活動してはいけない」という方針が国から出されました。80条の規定には「法人格をもっていること」「運転者は二種免許又はそれに準ずる資格をもつこと」「料金はタクシー料金の半額以下」「利用者は介護保険対象者・障害者手帳を持っている方」などがあります。(「一送迎が距離も時間も関係なく100円程度」などであれば80条に無関係なので活動は自由です。)

「送迎ボランティア」は「人が自分らしく住み続けたいところで暮らす」ために本当に必要なものなのです。特にこの地域のように坂が多く、ご高齢の方が多い地域ではなおさらです。治療が進んだ現在、以前であれば入院が必要なご病人が、通院条件で在宅生活できるようになりました(退院を迫られる現実があります)。人工透析を受ける方も増え、週2~3回透析に行かれます。他にも、熱のある赤ちゃんを病院に連れて行きたいがドシャ降りの雨…。骨折しているけど大切な試験を受けたい…。保育園に子供を送りたいがお母さんが病気…。(自動車の無い時代を考えたら、甘えにしか思えないかもしれないですが便利さを知った者にとっては厳しい現実です)

気楽に頼める車があったらと思われることは意外と多いでしょう。タクシーがある?私はタクシーを利用する事が無いので良く知りませんが、ご利用者さんから「早朝は来てくれない」「車椅子は嫌われる」「乗り降りに時間がかかると嫌な顔をされる」などの話を伺いました。私たちの活動はドアからドアです。乗降のお手伝いもしますから安心していただけるようです。ボランティアが少ないので全てのニーズに応えることは不可能ですが、ご連絡をいただいて(場合によっては面接に伺います)、必要性を確認の上、出来るだけお受けしてきました。

ひだまりは今月から「80条許可団体」になりました。80条にそった活動に切り替えるとこれまでのような柔軟な対応が出来なくなります。特にご利用者さんの制限は厳しいものです。介護認定・障害手帳の対象レベルではないけれど外出困難な方・前出のような突発的に必要な方など、このようなケースをお受けするのはむずかしくなります。ボランティアもご利用ご希望者も規定の申請書類を役所に提出します。「運営協議会」というところで協議され、最後に国交省の許可を得なければ活動も利用もできません。

それでも、送迎を続けるか?利用者の方にとって何が一番良いのか?規定に沿って、安心して活動するか?(無償に近い活動もいづれ締め付けがくると思う)。メンバーで再三話し合いを持ち出した結論です。これまで、仲間内でなあなあでやってきてしまった事をはっきりとさせる良い機会でもありました。半期ごとの報告書・新規ボランティアさんの研修や手続き・新規ご希望者さんの手続き等これまでとは違う仕事が増えました。

でも、必要としてくださる方と、がんばるよ!と言ってくれるボランティアが居る限り「送迎ボランティア」は続けていこうと思っています。送迎グループ仲間の一つは80条を取らず独自の方法で続けていくようです。ひだまりでお受けできなくてもそちらに相談する事もできますので何か有ればご遠慮なくご連絡下さい。

(ひだまり日記 2006年1月号掲載分)
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# by hidamari-blog | 2006-01-28 15:05 | 送迎ボランティア



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