ひだまり日記

専門ではないけれど、福祉用具について…

福祉用具はデパート・スーパー・通信販売・福祉機器販売店などで売られています。レンタル可能なものも色々あります。詳しいわけではありませんが今回は福祉用具について少しお話しましょう。

【杖】杖を必要とする理由は何かを良く考えてからお買い求めください。足元が少し不安だからという状況ならば、デパートなどで売っているおしゃれなステッキでよいでしょう。でも、杖に頼って歩くようになったら、おしゃれステッキは危険です。特に麻痺がある場合は危険です。福祉機器専門店のアドバイザーに必ず見てもらいましょう。身長、体重、動きの状態、握力等などを確かめながら、ご本人に合うものを選んでくれます。一本杖ではなく、杖の足が2点・4点のものなど(多点杖)が安全な場合も有ります。手だけで握るのではなく、腕全体で支えるもの、歩行器などもあります。

【ポータブルトイレ】普通レンタルは出来ないので、買取りになると思います。普通のトイレを使えるのが一番良いのですが、段差や介助スペース、トイレへの距離などを理由にポータブルトイレが必要になる場合があります。ご本人の動き・部屋の状況などを良く考えて用意しなければなりません。一番簡易な形のものは軽いので立位、座位がしっかり出来る方でないと危険です。家具調のものはしっかりしていて安全で見た目も良いですが高いです。金額、形、大きさなど様々な種類があります。

【入浴補助用具】浴槽に取り付ける手すり、出入りを楽にする板、シャワーチェアーなど様々なものがあります。通販などで買ってしまうと、自分の家の風呂に取り付けられないなど失敗することになります。また、ご本人には良いけれど家族にとって邪魔で結局使わなくなってしまうということにもなります。浴室は危険がたくさんあります。この危険は命に関わりますので、必ず専門家に相談しましょう。

【ベッド】健康なときに使っていたベッドをそのまま使えると良いのですが、介護用ベッドはやはりよく出来ています。起き上がりに楽な手すりや持ち手・取り付け位置が変えられる転落防止の柵・介助者の負担を減らすために高さが調節できるものなどです。ベッドはレンタルできますので安易に通販などで買うのは止めましょう。ご本人の身体状況の変化に伴って、その都度ベッドそのものや付属品を変える必要が出てくる場合もあります。(必ずしもベッドが良いとは限りませんので良くお考え下さい)

【車椅子】必ずプロに相談しましょう。屋内だけで使うものと屋外でも使うもの、介助者が押すものとご本人が動かすもの、ご本人に脚力があるか無いか、折りたためるかたためないか、肘掛が動くか動かないか、手元ブレーキが有るか無いか…。あらゆる事を考え合わせて選ぶ必要があります。車椅子は移動手段として重要な上、入浴と同じように命に関わる可能性もあります。

【手すり】病院の手すりなどをもたれた経験がおありですか?不特定多数の人が使う手すりは、床面から何センチのところという平均的な高さに取り付けてあるのでしょう(?)。背の高い方にとっては腕曲がりすぎてしまい、背の低い方にとってはうまく力が入らなかったりすると思います。ご自分のお宅に取り付ける手すりは必要とされる方に合わせればよいのです。

玄関用、トイレ用、階段用、風呂場用、廊下用、いろいろなところに手すりを取り付けよう…と思われるでしょう。そのとき大切なのは、その方の握力や力の入りやすい位置、自分の体を引き寄せやすい距離・角度、手すりの太さなどをきちんと把握することです。昔ながらの家、半間の廊下・半間の階段などは比較的手すりを必要としません。手を伸ばせばどこかに摑まれたり、伝って行く事が出来るからです。が、必要を感じたら設置を考えましょう。

いずれの場合も素人判断・素人仕事でなさらないほうが良いと思います。介護保険の適用などもありますから、まずケアマネジャーにご相談になって、専門家の判断を仰ぎましょう。
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# by hidamari-blog | 2007-07-22 10:37 | 福祉サービス

スタッフ募集中

ひだまり日記をお読みいただいてありがとうございます。

自慢のスタッフが転居のため二人辞めていきました。
ちょうど、ご利用者様が少なかったのでこれまで何ヶ月かは何とかやってこられたのですが、このところ急に利用ご希望の方が増えました。
現在居るスタッフではマンツーマンの対応ができません。

そこで、スタッフを募集することにしました。ひだまり日記をお読みくださっている方で私達のケアに共感してくださる方はいらっしゃらないでしょうか?年齢・資格は問いません。

週2~3日、9:00~16:15、土日はお休みです。下記事業所の近くにお住まいの方に限ります。

関心をお持ちくださった方はとにかくご連絡下さい。

神奈川県横浜市旭区中尾1-32-12  ひだまり  担当 タダカラ 045-391-8991
神奈川県横浜市旭区今宿町2668-6  ひだまり荘 担当 ササキ 045-366-3887
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# by hidamari-blog | 2007-06-24 21:16 | 福祉サービス

自慢のスタッフのこと…

ひだまりの活動の中に、介護保険デイサービス事業所が二ヶ所あります。

いずれも登録上は一日の利用者さんは8名。ですが、認知症専用ひだまり荘は実質5名で抑えています。マンツーマンに近い対応をしたいからです。

スタッフはエプロンもユニフォームも名札もありません。利用者さんも名札をつけません。利用者とスタッフの区別は一見つきません。それは利用者さんとの壁を作らない重要な方法だと信じているからです。

職員の採用要件に「資格」という項目はありません。介助技術は入ってから教えることが出来ますが、「笑顔」「雰囲気」「感の良さ」「柔らかい言葉遣い」などの素質は教えられるものではありません。

「言葉はきついけれど、お腹の中には何も無い…」という方がおられますが、「今・この一瞬が大切な方たち」と関わらせていただくときに、そのきつい言葉が取り返しのつかない関係を作ってしまうことがあるのです。信頼関係が出来てからであれば大丈夫な場合がありますが、実際はそれを聞く周りの方々には嫌な思いを残してしまうので極力避けています。

ひだまりでの関わり方の中心は「お話を聞くこと」です。
毎朝、スタッフは利用者さんの隣や正面に1:1か1:2で座らせていただきます。まず、中心スタッフが広告チラシや新聞を見ながら話題を投げかけ利用者さんから言葉を引き出します。そして、だんだんマンツーマンの会話につなげていきます。

ご家族には、ゆっくり話を聞いて差し上げる時間はなかなかないでしょう。また、話が毎回同じ内容だと、「またこの話?耳にたこができた」と思うのは当たり前です。ところが、私達にとっては繰り返しの話こそ、大切なキーワード「その方が一番大切に思っていること」「こだわっていること」を知る大切な場面なのです。
多くのキーワードを貯めておくと、その方が混乱されたときや帰宅願望(家に帰りたいとおっしゃること)が強いときなどに、その話題で会話に誘って落ち着いていただくことが出来るのです。

お話を伺うときに大切なことの第一は「こちらが話し手にならないこと」です。スタッフは「きっかけを作る」だけです。こちらが話したい事を延々と話してはだめなのです。

第二は、「あれ?」と思うことをおっしゃっても、否定・訂正は基本的にしないことです。前に伺った内容と違っても、今のその話が正しいのです。

第三は、「共感すること」です。楽しい話題は一緒に笑顔で、悲しい話は涙を流すくらいに。(わざとしなくても、利用者さんの話は引き付けられてしまい、実際に笑い泣き怒ります)。

第四に「次の言葉を誘う」ことです。ご高齢の方、認知症の方は「今何を話そうと思っていたんだっけ」ということがよくあります。その様子は見ていれば分かりますので、それまでの流れを考え上手にヒントを出します。

こういう対応をする為に、最初に書いた「感のよさ」「柔らかい言葉遣い」が必要なのです。こちらの対応次第では「自分の話は変?」「恥をかくから話すのは止めよう」と考えてしまわれます。嫌な感情は根強く残りますので、デリケートさが求められるのです。

ひだまり・ひだまり荘はごく普通の一軒家で活動しています。お話は周りの方に聞こえます。興味のある話題だと言葉を挟んでくださる方がいらっしゃいます。場合によっては「自慢合戦」のようになってしまうこともありますが、このときもマンツーマンのスタッフ配置が功を奏します。さりげなく台所のお手伝いに立っていただいたり、全く別の話題を投げかけたりと方向変換が可能なのです。
いずれにしても会話はその方のご様子を知るための最高の方法なのです。

一日のご様子は小さな連絡ノートに書いてご家族にお知らせしますが、ご家族から「こんな話は初めて聞きました」「母が歌うなんて知りませんでした」などとメッセージをいただくことがあります。

いらしてくださる方は皆さんは、ひだまり・ひだまり荘という小さな地域社会に参加してくださっているのです。そして、「ご自身を見せても大丈夫だ」と信じて色々なお話をして下さり、得意分野に力をしっかり発揮して下さり、「他人に気を使うという社会性」を維持していらっしゃるのです。

ご家庭や大きな地域社会が受け入れること・ご本人が順応することは難しいことが多いと思いますが、小さなひだまりでは会話をきっかけとして、こんなにも多くの「ご本人らしさ」を感じさせていただくことが出来るのです。

素敵なスタッフと一緒に贅沢で幸せな仕事をさせていただいていると思っています。
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# by hidamari-blog | 2007-06-24 21:01 | 福祉サービス

進行した認知症を理解するには…

前回は高齢者初期認知症についてでしたが、今回はもう少し進んだ状態についてお話します。

直近の記憶はほとんどありませんが、昔のことは覚えていらっしゃると思います。何年何月だったか・後・先などは曖昧でも、内容は正しいと思います。「大好きだった時代・周りの人たちに必要とされ輝いていた時代」はご本人の「」そのものです。「ご本人にとっての「今」は介護者の『今』ではない」ということを知っていると認知症の方を少し理解しやすくなります。

目的無しに歩き回ることを「徘徊」と言いますが、認知症の方は「目的」を持っていらっしゃいます。二俣川あたりで必死に歩いているそれらしきお年寄りに「どこに行かれるのですか?」と伺うと「石川県○○町」などとハッキリおっしゃいます。石川県?…ご本人は二俣川を歩いているとは思っていません、目的地「石川県○○町」近くで見覚えのある道を探しているつもりなのです。ご本人が「輝いていた時代「」」に居るのです。

こういう時、無理やり家の中に居ていただこうとしたり、閉じ込めたりなさると混乱は激しくなります。なぜ、混乱するのでしょう?

この方が80歳の女性で、40歳代に石川県で生活していたとしましょう。
「私は40歳、夫は45歳、目の前にいる男性は夫だと言うが年寄りだ。本当は誰?ここは何処?私の家だ!というけど、嘘!(新築・改築した家、息子さんの家などは記憶に無い)怪しい!人さらい?隙を見て逃げよう!」…このようなことを考えていらっしゃるのです。

逃げなければなりませんから必死です。ほとんど歩けないはずなのに、徘徊のときは歩けたり、見事に隙間から出てしまわれたりします。ご本人いわく40代ですから、動けるはずです。ご本人の「」の中、○○町で待っている家族の元へ帰るために必死で徘徊(?)しているのです。ご本人の恐怖は計り知れないものがあります。
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時間の観念が薄くなり、時計はほとんどの場合意味を成さなくなります。夜中に目が覚めると「朝!」です。家中の電気をつけ、家族を起こし、パジャマにネクタイを締めたりするのは「朝」だからです。

見当識障害」といわれるものです。「寝ぼけ」の状態がずっと続いているようなものです。笑い話のようですが、このような症状は家庭生活に大きく影響を及ぼします。

生活者(ご本人以外)のためには睡眠薬・精神安定剤などが必要でしょう。が、薬に頼る前に、できるだけお日様に当たり、体も気も使って適度に疲れることを試してください。


長時間昼寝をするのは良くありません。だからと言って「寝ちゃダメ」と言っても、することが無ければ寝てしまうのは当たり前です。お一人暮らしの間は認知症がなかったのに、こちらに呼び寄せ暮らし始めたら症状が現れるのは「することがなくなる」ためです。一種の廃用症候群です。

役に立たない辛さ・必要とされていない辛さから「必要とされていた時代」の記憶に逃げ込んでいくのです。「手伝っていただくと、かえって後始末が大変だから頼まない」ということがあるでしょう。早い時期に「残存能力を引き出し」、「フォローする方法を知っている」プロ(ホームヘルパー、デイサービスなど)を利用して、適度な緊張と充実感を持っていただけると混乱を少なくすることができると思います。

高齢認知症は「刻々と近づく『死』への恐怖」をやわらげるために神様が下さる最後のプレゼント」と言われます。

でも、日々の生活を営みながら認知症の方を支えることは難しいです。厳しい現実は、ご家族を疲れさせ、結果ご本人のことを「疎ましく憎い」存在にしてしまいます。大好きな方をそう思うのはあまりに悲しいです。迷うことなく福祉サービスをお使い下さい。

認知症は恥ずかしいことではありません誰が悪いのでもありません
行動にはご本人なりの意味があります。厳しい介護生活の中でも、その意味を考えながら「ご本人を『愛しい』と思える」心の余裕を少しでも持っていただきたいと祈りながら「ひだまり」は活動しています。
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# by hidamari-blog | 2007-05-27 21:30 | 認知症

今回は特に初期認知症について…

新しい年度がスタートし、ひだまり日記を初めてご覧になる方もいらっしゃると思います。これまで何度も取り上げてきたのですが、私のこだわりである「ご高齢の方の認知症について」お話したいと思います。

認知症には色々あります。アルツハイマー、前頭側頭型、レピー小体、脳血管性…などですが、「脳血管性」以外の認知症を正確に診断することは非常にむずかしいと言われています。ほとんどのケースがアルツハイマーと診断されてしまうようです。

ピックなどの場合、服薬が劇的効果を表す場合があると言われます。が、残念なことに区別できる医師が少ないため、合わない薬を飲んでいるケースもあるそうです。アルツハイマー型認知症について言えば、原因が確定していないので治療方法はありません。進行を遅らせるための薬はありますが、早い時期に服用始めことである程度の期間、進行を抑えるためのものです。その期間を過ぎると顕著な効果は表さないようです。

私の経験から言わせていただくと、今服用している薬を信じきることなく、気持ちが荒れる・暴力的・眠れず苦しんでいる…などの症状・変化をお医者様に伝え対症療法を考えることが大切だと思います。

初期の頃、ご本人は「自分の言動が少し変だ」と分かっておられます。その事をまわりの方から指摘されると気分を害したり落ち込んだりされます。その不安感は認知症を進めてしまうように思います。特に男性の場合、女性より言葉で表現するのが苦手だからかもしれませんが、暴力的になる方もいらしゃいます。

家族や周りの人たちが生き生きと活動なさっているのがつらく、自分だけ置いてきぼりになっているように感じるようです。

初期の場合、周りの方々は「認知症」とは思わないでしょう。物忘れをするようになってきた…という程度だと思います。もちろん、物忘れは中高年で当然起きることです。人の名前がのどまできているのに口に出せない…など。認知症は少し違います。

朝ごはんに何を食べたか忘れるのは物忘れ・ごはんを食べたかどうかを忘れるのが認知症と言われますが、これは中度ぐらいに進んだ認知症の状態です。初期だと、10分くらい前に話した大切な事を忘れる・メモしているのにメモをとったことを忘れる…が、もう一度言うと「ああ、そんな話だったね」「ああ、ここにメモしたんだ」というように少し記憶をたどれるように思います。
この例はあくまで例で、それぞれ症状は違うので、ご家族が「あれ?」と思う感覚が一番確かだと思います。

「あれ?」と思ったら、関わり方を考えてください。「なに言ってるの?さっき言ったばっかりでしょ!!」「ボケたんじゃないでしょうね!」などとはどうぞおっしゃらないで下さい。言いたい思いをグッと抑えて、「ごめんなさい、言い忘れてたかしら?」「さっき、どこかにメモされていたように思ったけど…、ああ、これですね」というようにサラッと気付かせて差し上げたり、ご自分が折れてください。

それでも、ご本人の不安は計り知れないです。出来るだけ早く、かかりつけのお医者様(内科で良い)に診ていただきましょう。ご家族から事前に「少し様子が変わってきたので、認知症の診断をお願いします」と伝えておいて、いつも通り通院します。ご本人には伝えないほうが良いでしょう。

その結果、もし認知症があるようでしたら、早い段階で「進行を抑える薬」の服薬を始めたほうがよいです。この段階だと効果が期待できます。

そして何より大切なのは、ご本人が一人きりになる時間を出来るだけ少なくすることです一人で自分の世界に入り込んでしまうと認知症はスピードを増します。ある専門医の講演会で「同時に三人以上の人と話をすることが良い」と聞きました。認知症の方々と関わらせていただいている私はこの意見に賛成です。

不安はあると思いますが、老人会の集まり・町内会のイベント・ご親戚の集まり・デイサービスなどに出来るだけ多くお出かけになる事をお勧めします。もし、マージャンがお出来になるようでしたら、是非なさってください。とても良い効果があるそうです。次回はもう少し進んだ認知症についてお話しします。
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# by hidamari-blog | 2007-04-22 11:15 | 認知症

謝らなければと思い続けていることがあります…

10年近く前、私はホームヘルパーの仕事をしながら、ボランティアとして肢体に障害を持った方の作業所に参加していました。旅行にも何回か同行させていただき、昼間では分からない彼らの日常を知り、ご家族のご苦労が少し分かりました。

夜中の寝返りのためご両親は熟睡できないこと・養護学校を卒業しても作業所への送り迎えをしなければならないこと、などなど。障害を持たない子供を育てることさえ時間に追われ自由を奪われたように思ってしまうのに、その何倍も厳しい状況。

「自分の体調が良くないときはつらい」「親は先に逝かれない」…と異口同音におっしゃいますが、一方「この子がいてくれて本当に良かった」ともおっしゃるのです。あるとき、ある男性のお母様が「自分も年を取って体が思うようにならず、いつまでこの子の世話が出来るのか不安」とおっしゃいました。

私はそのお母様に「いつか、肢体の方々のグループホームを作りたいです」と偉そうに言ってしまったのです。心底そう思ったのですが、お母様は私の薄っぺらな言葉を見抜いていらしたでしょう。「そう考えてくれるだけで嬉しいわ」と答えてくださいました。

その後、私は地域の方たちの「ちょっと手を貸して」の声に応えたいと思い、平成11年、古いアパートの一室で“サンダルばきのボランティア”「地域ケア拠点 グループひだまり」を立ち上げました。アパートの取り壊しをきっかけに平成13年、貸し家に移ってからは、忙しさにまぎれて作業所のボランティアに行かなくなりました。

目の前にいらっしゃるお年寄り・そのご家族、介護現場で見聞きする状況…が次々と私に突きつけてくる新しい課題でいっぱいいっぱいになってしまいました。あの男性とお母様の切実な声を実際に聞かせていただいたにもかかわらず、「今」手を出さなければ!と思うものに飛びついてしまってきたのです。

介護保険が毎年変わり、利用者様方は大変です。同時に事業所も翻弄され続け、ひだまりも細々と持ちこたえていくのがやっとの状況です。私の心の中には、聾者専用入所施設、子供達がホッとできる楽屋、若年認知症の方の働く場、肢体にハンディを持った方のグループホーム、悲しい思いをしている犬猫たちのシェルター…などなど、やりたいことが山ほどあります。が、ちっぽけなNPOに出来ることなどたかが知れています。

何か活動をするには、様々な制約がかかり、納得のいかないズレがあっても行政の施策に乗らなければ継続させることはできません。何とか施策に乗っても、その施策が変更されないわけではありません。ある日突然「この施策は終わり!」「助成金打ち切り!」ということが度々起きるのです。何も分からず、やりたいと思ったことをポンと始められた頃が懐かしいです。

私なりに色々経験してしまったため、必要と分かっていても新しいことへの挑戦に臆病になってしまったのでしょう。「そう考えてくれるだけで嬉しいわ」の声に「偉そうに言ってしまいましたがお約束を守れそうにありません。」と謝らなければと心から思うのです。

「熱い心・冷めた頭」が福祉を仕事とする人間に求められると聞きます。そして、何をするにも必要なのは「人・物・金」だとも言われます。サポートしてくれる仲間達のおかげで何とか現状を歩いているのですが、次々と目の前に突きつけられる現実につぶれそうになり、先へ進めません。

団塊の世代の方々が地域にお帰りになる時代と言われます。長い間の社会生活・組織力・専門知識を持たれた方々でしょう。「ちょっと手を貸して」に応えられる力強い地域づくりに「あふれる力・知識」をお貸しいただけないでしょうか。新しい春・新しい出発のとき、心の隅に「貴方の力を待っているものがあること」を、とどめていただけたら嬉しいです。
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ひだまり荘は三ツ境に向かって中尾商店街を抜けたところにあります。門灯に「ひだまり荘」と書いてあります。今、メンバーさんが植えてくださった花がたくさん咲いています。お散歩の折などにお立ち寄り下さい。
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# by hidamari-blog | 2007-03-25 22:01 | ボランティア

介護職としての思いをご理解いただけたら…

今回はデイサービスで在宅介護に携わらせていただいている立場からお話しします。

お一人の御利用者様に関わるご家族・福祉・介護・医療・その他の社会資源(ボランティア、民生委員、その他)の人々は皆、その方と同じステージの上にいます。誰が偉くて、誰が偉くないということではありません。ご家族がどんなにお金持ちでも、介護職の所属がどんなに大きな法人でも、ドクターの病院が有名でも、有償でも無償でも関係ありません。皆が各々の立場で真正面からその方と向き合い、お互いを尊敬し合って意見を述べ合うことこそが大切です

私見を言わせていただければ、ホームヘルパーが一番「高度な技術」を必要とすると思っています。清拭とか車椅子の操作という意味ではありません。どんな状況であっても、「そのお宅のやり方に合わせられる」という技術です。

「初めまして、ヘルパーの○○です」と言ってそのお宅に入れていただいた瞬間から、全てそのお宅に合わせる事になります。何年ヘルパーの経験があっても、そのお宅その方に関わらせていただくのは初めてですから白紙からのスタートです。掃除機のかけ方、お仏壇の御世話の仕方、味付けは関東風・関西風なのか、洗濯物の干し方、シーツは布団に折り込むのか安全ピンでとめるのか…。冷蔵庫の「小麦粉・玉子・長ネギ」で食事を作るしかないお宅。毎回いくつものお鍋の中の蛆虫との戦い、そんなケースもあります。

在宅介護の研修会、講師は老人ホームの寮母長さん「ベッド上の身体介護ではご本人の頭の側を通らないように…」とおっしゃいましたが、これは施設介護の指導です。なぜなら、ヘルパーがお邪魔させていただくお宅の中でベッドの周りを回ることが出来るお宅など何軒あるでしょうか?ほとんどが北枕を嫌った方向で壁や窓際にぴったりつけて置いてあります。介護のしやすさ・しにくさなど選べないのが在宅介護の現実です

ヘルパーは日々何軒かのお宅を訪問します。一軒終わったら、次のお宅モードに切り替えなければなりません。それぞれの方法で手際よく短時間に決められた内容をこなすのです。どんなに不安でもその場では誰にも頼れない、文字通りの「孤軍奮闘」です。

「家事介護こそが在宅生活を支える最も重要なケア」なのに、何となく軽視されていることがとても残念です。家事介護で御利用者さんに心底「ありがとう」と言っていただけるヘルパーさんは最高の介護職だと思います。

施設・病院の仕事も、もちろん違う意味での重労働です。時間と業務に追われ、心身ともに疲れきってしまうでしょう。心ある職員は、お一人お一人とじっくり関わりたいと思いながら「ちょっと待っていてください」と言わざるを得ない状況に苦しむのです。


人は誰でも「最期までこのまま、ここで生活し続けたい」と願うでしょう。本当に暮らしたい場所で一日でも長くお過ごしいただくために、皆が力を合わせるのが、本来の介護保険の目的だったはずです。介護保険は破綻傾向にあり縮小されているなど、状況が変わってきていますが介護・福祉・医療の仕事を続けているものたちは一生懸命です。

介護サービスをお使いになる方へのお願いです。関わらせていただく者たちは皆、ご本人を支えるための大切なメンバーです。もちろん、ご本人の上に立っているわけではありませんが、下に居るのでもありません。サービス業の仕事としてお金を頂戴していますが、それで上下関係ができるのではなく、対等の立場に立っているのだと思います。

ご家庭それぞれの歴史や経過は色々おありでしょう。つらいご経験や現状でご本人と関わりたくないこともあるでしょう。だから出入りしている私達事業者とは無関係だと思われるでしょう。(とても温かく関わって下さるご家族もたくさんいらっしゃることはもちろんです。)良いことも悪いことも、ご家族からの情報は貴重です。また、私達が多くのご利用者様と関わることで得た知識は、ご家族ではお気づきにならないご本人の状態や変化も見出せることがあります。それらを大切な情報として受け取っていただきたいのです。いつも、よりよいケアをさせていただきたいと考えています。どうぞその思いをご理解ください。

在宅介護に関わられる皆様、お互い自分の仕事に誇りを持って謙虚に真摯にがんばりましょう。辛いときは、遠慮なくおしゃべりしにいらしてください。   
いつもながらの生意気でごめんなさい。
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# by hidamari-blog | 2007-02-26 23:05 | 福祉サービス

認知症の方にとって「薬」はバリア…

ご家族が一日中一緒に過ごされる方は問題ないのですが、「お一人暮らし」「日中独居の方」は配慮が必要です。血圧・コレステロールなどの薬を長期服用される方がいらっしゃると思います。服薬は日常の習慣になっているから大丈夫と思いがちですが、認知症の方に「日常の習慣」は難しいことなのです。

「認知症の方」は『今』と「過去の一時期」の中で生活していらっしゃいます。『今』は「数十分間」「数分間」と個々まちまちですが「24時間を継続して記憶する」のは、まず無理です。例えば…。

テーブルの上、朝食の食べ残しと空のお皿やカップ。「??ごはんを食べたらしい」朝食なのか昼食なのか、はっきりしない。時計を見ると10時半…朝?でしょう…。薬箱が目に入る。「薬?飲んだ?」。薬の袋に日にちと曜日が書いてある。今日は何日?カレンダーを見ても「今日」が「どの日」か分かりません。新聞を見て何日何曜日を確認。とりあえず「今日」が分かって朝の薬を飲みます。

~数十分経って、テーブルの上には空になったお皿とカップ…時計を見ると10時50分。朝ごはん?を食べたらしい、薬箱。箱を見ると日にちと曜日の書いてある朝の薬が入っている。ああ、飲み忘れてた…と日にちを確認せず服薬。

~空のお皿が目に入ります(朝のままですが)…ご飯を食べた?時計は12時、昼食らしい。薬箱…薬、12時だから昼の分を…。昼食は召し上がらないまま、服薬なさったわけです。

このような思いと行動がずっと「認知症の方の一日」の中で繰り返されるのです。記憶が持続しないと言うことはこういうことです。この例では新聞の日付・時計を読むことが出来るから良いのですが、認知症が進むと字を読むこと(意味を読み取ること)、時計を読むことが出来なくなります。つまり今日が何日何曜日、今が何時・朝昼夜の判断ができなくなります。

そうなると確実な服薬は不可能だと言うことはお分かりでしょう。薬を小分けするケースがありますが、これは健常な方の飲み忘れ防止には便利ですが、認知症が進んだ方にはほとんど意味を持たないと思います。

とにかく認知症があると判ったら、薬を処方してくださるお医者様に率直にご相談なさってください。「ご本人は安全で確実な服薬が出来ない」「家族やヘルパーさんが見守れる時・回数にしてほしい」「薬そのものの見直しは可能か(食事量が減ってコレステロールの数値が安定している…など薬の量を減らせる場合が実際あるのです)など、実情とご家族の思いをきちんと話してください。

認知症の方と関わる介護職の皆様がもし「服薬に疑問や不安を感じることがある」思われたら、ご家族やケアマネジャーさんにきちんとご報告ください。体の為に服用している薬が、体や心に害を与えてしまうのでは意味がありませんから、非常に大切な情報のはずです。

認知症がなくても、継続的に薬を飲んでいらっしゃる方に関わられるご家族は時々「薬の残量」を確認されたほうが良いです。ご高齢の方々は「もったいない」という感覚をお持ちで、飲み忘れた薬や、ご自身が判断されて飲み止めてしまった薬などが、戸棚の中などにたくさん残っていることがあります。

私がヘルパーに行っていたお宅でも多くのケースがそうでした。通院できずに薬が足りなくなったときに飲みましょう…などとお思いですが、期限の過ぎた薬を服用するのは非常に危険です
一番新しいものを数服残しているのであればまだしも、古いものを見つけたらどうぞ迷わず廃棄してください。「もったいない」と怒られるようであれば、タイミングを見て気づかれないように少しづつ捨てましょう。

でも…たくさん飲み残してもお元気でいらっしゃるということは、服薬の必要がないお薬かもしれないですよね。これをお読みくださっている医療関係のかたがいらっしゃいましたら、失礼をお許しください。が「在宅で生活される方にとって思いもよらないバリアがある」ということをご理解ください。
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# by hidamari-blog | 2007-01-29 09:58 | 認知症

デイサービスの様子を…

皆様明けましておめでとうございます。今年もひだまり日記をどうぞよろしくお願い申し上げます。新年初めは難しい話はやめて、ひだまりデイサービスの様子をお話します。

特定非営利活動法人ひだまりは二ヶ所のデイサービス事業所を持っています。平成14年開所の「ひだまり」は中尾1丁目(中尾町会館のそば)、平成17年12月開所の「ひだまり荘」は今宿町(中尾商店街のはずれ)にあります。
ごく普通の一軒家をお借りしています。一日の定員は8人ですが、マンツウマンに近い状況が望ましいので、出来るだけ5人までにしています。

一日の決まったプログラムはありません。大きなイベント(ぶどう狩り・芋ほり・旅行など)はスタッフが予定を立てますが、普段は皆様のご様子を考え合わせ、お茶飲みの時間に皆さんで話し合って決めます。話し合いには新聞の折込ちらしが役立ちます。シャトレーゼのケーキが安い、ズーラシアで「ヤブ犬」が生まれた、トイレクイックルが安い…などと。そんなお十時の時間を過ごします。

入浴をされる方はお一人づつ、家庭風呂でお好きなようにお入りいただきます。熱めのお湯がお好きな方、カラスの行水の方、歌いながら、思い出話をしながら…お好みしだいです。

「ひだまり」は昼食メニューを二週間分、皆様が召し上がりたい物を取り入れながら決めます。「ひだまり荘」はその日、冷蔵庫・冷凍庫にある材料をメンバーさん方にお知らせして日々献立を決めます。

台所に立つことがお好きな方には昼食の準備・調理・片付けを手伝っていただきます。初めは大人数の食事作りは難しいとおっしゃいますが、すぐに馴れて私達より適確な分量で作ってくださいます(私達はたくさん作ってしまうので多目三姉妹といわれています)。寒い時期は鍋物がたびたび食卓にのぼります。庭で出来た野菜、家庭菜園が趣味のボランティアさんからの差し入れも食材として登場します。

台所で何人もの人が動いていて、お風呂から出ていらした方が気持ちよさそうに座っていらっしゃる、こんな光景は大家族の暮らしのようで私はとても幸せな気持ちになります。

昼食の後片付けが終わり、その日特に外出の予定を立てなかったときは、庭仕事・編み物・マージャン・ジグソーパズルなど、お好きな時間をのんびりお過ごしいただきます。こたつやマッサージチェアでウトウトお昼寝されるかたもいらっしゃいます。太り気味のねこ達がメンバーさんのお膝やお腹の上で気持ちよくお昼寝させていただいたりもします。

雨や雪・寒さ暑さがきびしくない日は散歩にも出ます。お一人お一人の体力に合わせて距離やコースを選びますが、四季折々の花や木・小鳥や虫を楽しみ、地域の方々にお声をおかけいただきながら楽しく歩いております。上り下りが多いこの町での散歩はきついように思いますが、体にある程度の負荷をかけることは身体機能を維持するには何より良いのです。安全さえ確保できればお散歩は最高です。

買い物にも出かけます。中尾商店街ではどこのお店でも親切にしていただいていつも感謝しています。郵便局のガードマンさんもいつもお声をおかけくださいます。本当に有難うございます。スーパーにはメモを持ってまとめ買いに出かけます。私達はかなり力持ちでたくましいのですが、買い物かごやカートは男性メンバーさんがサッと持ってくださいます。申し訳ないと思いながらも「私達って女の子(?)」とニコニコです。品物選びも主婦大先輩の方が色々教えてくださいます。メモに書いてあるものでも値段が高いと「安いときにしましょ!」と却下されてしまいます。レジを終えると皆さんで素早く袋詰めしてくださいます。

おやつ。「お腹一杯で入らない!」といいながらもワイワイといただきます。本当にどこに入っていくのでしょうか、結局食べてしまいます。お茶を飲みながらひとしきりおしゃべりをしているうちに、お帰りの時間になります。

でお送りする方・お近くなので歩いてお送りする方と色々ですがこの時もたくさんおしゃべりをします。

こんな「ひだまり」「ひだまり荘」のデイサービス、誰より私自身が大好きなのです。今年もきっとたくさんの出来事を生み出してくれるでしょう。

*デイサービスは施設内でサービス提供することが介護保険の規則です。
ひだまりは「普通の生活に近いケア」をモットーにしています。
このブログをご覧になった関係者の方、規則違反であってもこういうサービスが必要f0080623_1317499.jpgなのだとご理解いただけたら嬉しいです。
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# by hidamari-blog | 2007-01-02 13:18 | 福祉サービス

ボランティアが無償である必要はない…

「ボランティア」という言葉。偽善的な香りを感じる方も多いのではないですか?「慈善事業」「奉仕活動」「無償活動」の外国語と考えていらっしゃる方も居られるでしょう。ボランティアの本来の意味は「志願兵」だと聞きました。

私は福祉といわれる世界で使われる言葉になんともいえない抵抗感を感じるのですが、他に表現方法がないので仕方ないです。私は趣味の「おせっかいやき」をやっているだけなのですが「趣味」などと言うと感じが悪いかもしれないですね。スタッフ・家族・友人・は私の本質をよくわかっていますが…。

ボランティア…少し前までは「無償」の活動と思われていました。私も活動を始めたころは「無償」にしていましたが、利用者さんはかえって気を使われ、品物や過分なお心付けを下さるのです。日本人らしい気遣いでしょうが、それでは本末転倒です。

それならば、と小額の料金を頂戴することにしました。例えば、ごみだしは一回50円・軽度の家事は1時間300円…。頂戴した料金は基本的にはボランティアさんに全額お渡しし活動費には使いません。開所したころある男性ボランティアが「何をするにも『人・物・金』」と何回も教えてくれました。私は「金」と言う言葉にも嫌悪感を持っているので抵抗を感じていました。

ひだまりは立ち上げのころから「ボランティア助成金」をいただいてきました。活動はこの助成金で足りさせるから『金』にはこだわらない!と思っていました。ところが、世の中の景気が悪くなって、助成元である社会福祉協議会への寄付金収入が減りました。結果、各グループへの審査が厳しくなり、助成金額が減額されました。

このとき、助成金を当てにした活動は危険だと知りました。自主財源がないと活動は続けられない。…結果利用者の方々にご迷惑をかけるのだとさすがの私にも理解できました。初めてあのボランティアさんの言葉の意味がわかったのです。

というような理由で現在ひだまりは介護保険事業で得た利益(わずかですが)をボランティア活動に活用しています。これが営利を目的としない本来のNPO(特定非営利活動法人)のかたちなのです。

昔、経済的・時間的にたっぷり余裕のある富裕階級の人々が行っていたボランティア活動、今は全く姿を変え「出来るときに出来ることを出来るだけ」(無理は禁物・約束は絶対)の活動になりました。「無償」という条件はあてはまらくなっていると思います。

行政の福祉サービス(人間だけではなく自然や生き物すべての福祉)とニーズの穴を埋められるのは人の心とその思いを実践する活動しかありません。活動には必ず費用が伴います。その費用を誰かが担うとなると、その人が何かの都合で担えなくなった時、活動そのものが消失してしまうことになるのです。活動も経済的負担も引き受けてくれるほどの熱意を持った後継者を見つけることはとても難しいことです。

ですから「グループでのボランティア活動」は有償で行う方が良いと思っています。営利として行うのではなく、活動を支えるための資金をきちんと調達すると言うことです。思いを一にする仲間達から会費を集める、関係機関に交渉して補助金を獲得する場合もあるでしょう。いずれにしても、申請書類だけでいただける助成金で活動費を賄うことは先が見えませんから、『金』を意識していくしかないのです。

時々、ご依頼時に「料金は○○円になると思います」と申し上げると「ボランティアなのに、ただじゃないんですか?」といわれることがあります。又、ボランティア希望の方も謝金(活動へのお礼)を固辞される方がいらっしゃいます。「ボランティアのプロ」が必要な時代です。小額であっても料金や謝金を受け取ることで、「ボランティアなんだから、適当でいいだろう」という安易な感覚をなくすことにもなるのです。

「ボランティア」という言葉を改めて意識していただけたら嬉しいです。
今年最後のひだまり日記でした。新しい年、一歩踏み出して何かボランティアをなさいませんか?様々なジャンルが貴方を待っていると思います。

一年間お付き合いくださいましてありがとうございました。皆様良いお年をお迎えください。又お正月にお会いしましょう。
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# by hidamari-blog | 2006-11-26 17:53 | ボランティア



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