ひだまり日記

カテゴリ:高齢者( 16 )

耳が遠くなる…目が見えにくくなる…

耳が遠くなること、目が見えにくくなること。年をとってくればあたりまえの事です。ところが、このあたりまえのことはご本人と介護家族を苦しめます。

"耳が聞こえない"・・家族が目の前にいるのに、音を消したテレビのように口がパクパク動いているだけ、家族の声を知っているのに自分の耳にはその聞きなれた音が無いのです

近くなら何とか聞き取れるけれど、離れると聞こえないのです。家族もつらいです。「大声を出さないと聞こえない・忙しくてもそばに行って耳元で話さなければならない・何回も聞き返されるとイライラしてつい声を荒げてしまう・面倒だから話し掛けたくない」。お年寄りは声を荒げられたくないから、聞き返さず適当に返事をしてしまう。結果、失敗をして家族に迷惑をかけ疲れさせてしまう…という悪循環。

“目が見えにくい”・・・慣れた家の中は問題なく動けますから家族もあまり気付きませんが、ほとんど見えていない場合があります。

好きだった針仕事・テレビ・ゲートボール…出来ないことが増えます。「目の不自由な方は他の感覚が研ぎ澄まされる」と思う方が居られますが、高齢で視力が落ちた場合、他の感覚が鋭くなることは難しいです。手探りで行動すること・上手に食事をすることなどは難しいです。

突然話し掛けられても、自分が話し掛けられているのかすらわかりません。音がどこから出ているのか聞き分けること・声だけで誰なのか判るようになることは不可能に近いです。症状が進むと光を感じることも出来なくなります。今が朝なのか夜なのかも判断できませんから、家族の行動やテレビ・ラジオの音で判断することになります。

この様な状況の中でお年よりは苦しみます。家族は忙しく活動しているのに自分には出来ることが無い。自分の殻に閉じこもります。思い出すのは昔のこと、バリバリ頑張っていたこと・自分を必要としていた人たちがいたこと…。

時間は酷なほどたくさんあるのです。何回も繰り返し考えているうちに現実と思い出の区別がつかなくなり、恐怖や不安から逃げているうちに痴呆症状を呈してくることがあります。

耳が聞こえない・目が見えない、いずれも孤立(複数の人の中にいるのに一人ぼっちになってしまうこと)してしまうわけです。人間は孤独には耐えられるけれど孤立には絶えられないのだそうです。お年よりは怯えています。ご家族の忍耐・努力は想像以上に必要ですが、どうか独りぼっちにしないであげてください。

耳が遠い場合は、聞こえのよいほうの耳元でゆっくり話します。ラップの芯などを筒として使う・ジェスチャーを入れる・メモ帳やホワイトボードに書きながら話す・聞き取りにくそうな言葉は別の言葉に置き換える…。「みんなが笑っているとき」は特にさびしく感じるようですから、何が面白いのか話してあげてください。補聴器は専門の店で作りましょう。慣れるまでので忍耐が必要です。

目が見えにくい場合は、慣れた呼び方で呼びかけてから話し始めてください。身体のどこかに触れてあげる・席を替えない・いつも同じ動きで行動できるように家具を移動しない・鮮明な色の器を選ぶ(中が白い茶碗に白飯は見えません)…などを心がけます。どれとどれが自分の食器か分かるようにお盆を使い、領域を作ります。食べ物の説明をするときは色や盛り付け方なども付け加えると一層おいしく召し上がれると思います。恐くて外に出られず運動不足になります。空気の冷たさや花の香りなどで四季の移り変わりや天候などを感じていただきたいですから、短時間でもお散歩に誘ってあげてください。

お世話をすることはたいへんです。そのことをご本人に隠す必要も無理をすることもありません。「お世話は大変だけれど、あなたのことが大切だから大丈夫。」と言えたらどんなに良いでしょう。失敗してもどうぞ温かく見守ってあげてください。いずれ私たちも行く道なのですから

24時間365日、介護の日々を送られている方々に心からの敬意を表します。私たち介護職は応援団です。 何かありましたら、ご遠慮なくご相談下さい。
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by hidamari-blog | 2007-10-22 21:26 | 高齢者

暑い夏、少しでもサッパリと過ごしていただきたいから…。

暑い季節がやってきました。皆様お元気でいらっしゃいますか?

汗だくで家に帰って入るお風呂やシャワーは最高ですね。たとえエアコンの効いた部屋で汗が引いたとしてもやはり、肌のベタつきは気持ちが悪いですから入浴は欠かせないです。

お年寄りやご病人、障害をお持ちの方(文章中「この方たち」と表現します)も同じです。今回は入浴・からだの清潔について書きます。

私たちは当たり前のように毎日入浴しています。たまに、水道代が…ガス代が…と気になることはあっても入浴そのものに特別問題はないですよね。ところが、この方たちと介護をなさっている方たちにとっては大問題になります。

ハード面では家庭用の浴室・浴槽はバリアフリーを意識して作らない限り、狭い(広すぎる)、高い、深い、すべるなどバリアだらけです。介助者が入ると動きが取れなくなるのが普通です。ソフト面では、入浴介助は体力と時間が必要です。

状態が厳しい方の場合は一人では無理ですから二人が時間を合わせておかなければなりません。お仕事をお持ちのご家族が疲れて帰ってきたときに頼むことはこの方たちにとってつらい事です。一般家庭で、この条件の中で毎日入浴を望むことは不可能に近いと思います。福祉サービスとして「入浴サービス」「デイサービス」などがありますが、週2回程度の入浴では暑い夏に心地よくすごしていただくことは難しいです。気軽に利用できる入浴施設とボランティアグループなどがあるとよいのですが…。

少しでも気持ちよくすごしていただくための方法を書いてみます。実際に様々な工夫をされていらっしゃる方も多いと思います。生意気にお教えしようと言うのではありませんのでお許しください。

お顔と手は汗をかかれる都度、拭いて差し上げたいです。それ以外は「今日は足と腕」「背中と胸」というように分けてなさると良いと思います。広い面がサッパリすると、ぐっと気持ちよくなるはずです。お下(臀部など)については、排泄後、手早くお拭きするのが一番です。(古いティーシャツなどを適当な大きさ・厚さに切って折って置くと良いです。使用後そのまま捨てても良いし、専用バケツに漂白剤の希釈液を用意して次々浸しておくのも方法です)

いずれをなさる場合でも基本的なことは同じです。必ずその時の体調を確認してからなさってください。

準備:乾いた浴用タオル(腕や足用)・バスタオル(背中胸用)。タオルケット。清拭用ハンドタオル・浴用タオル。清拭剤は必要に応じて、タオルを浸す水やお湯に溶かしておくと便利です。ご本人に排泄を済ませていただきます。

手順:①タオルを濡らし、適度に絞ってから広げ、介護者の手の大きさぐらいに畳みます。

②ポリ袋に①のタオルを3~4枚入れ、電子レンジで蒸しタオルを作ります。袋は縛らず折っておく。

③袋から出さずに清拭する場所へ。拭く場所以外が濡れない様に衣類を脱ぐかまくるかしてから、タオルを袋から出します。(袋の口は又折っておきます)かなり熱いので注意してください。介護者が熱いと思う程度に冷ましてからご本人に熱さを確認していただきます。大丈夫なら、しっかり手早く拭きます。皮膚が弱い方はそっと拭きますが、一般的にはキュキュと拭いたほうが気持ちよいです。拭き終わったら間髪いれず乾いたタオルで濡れた場所をおさえます。これをしないと水分が蒸発するときに寒さを感じますし、湿気でさっぱりしません。終わったところはタオルケットを掛けておきます。

④髪は入浴サービスなどで洗っていただくのが良いと思いますが、日が開いて気持ちが悪いようでしたらドライシャンプーを使いましょう。使い方は製品の説明書どおりでよいと思います。

清拭をするとき、エアコンは出来れば切っておいたほうが良いでしょう。入浴と違ってやはり寒気を感じる可能性があります。介護者はかなり暑いと思いますが、ひとがんばりお願いします。終了後、出来るだけ水分をおとりいただいてください。清拭に必要なものは一まとめにしておいて、その都度バタバタ用意しなくても良いようにしておくと便利です。

文章だと分かりにくいと思うので、ご質問などありましたらお問い合わせください。この夏、気持ちよくお過ごしになれますように…
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by hidamari-blog | 2006-06-25 20:13 | 高齢者

2月号:口を出さずに、手とお金を・・・

皆様の身近に在宅介護の日々を送っていらっしゃる方がいらっしゃいますか?いらっしゃるとしたら、主に介護をなさっているのは、どなたですか?今回は「お嫁さん」を例にとってお話してみましょう。

もともと同居生活だった場合は、これまでの歴史や覚悟があるのでまだ良いのですが、別々に暮らしていらしたお年寄りと同居を決めた場合、ハード・ソフト両面で多くの問題が発生します。お年寄りの部屋をどこにするのか、場合によっては子供部屋を空けることになる場合もあるようです。トイレや浴室のリフォームなども…。

スペースの問題がクリアーできたとして、経済的負担・生活リズムの違い・家族関係などが。子供たちが巣立っていればまだ良いのですが、受験期や反抗期の難しい時期の場合は別の問題が発生してくるでしょう。「今度、おばあちゃんが一緒に暮らす事になったからね」と話すと、駄目とは言わないけれど、暗に関りたくないといっているような…。

学費や生活費、家のローンなどもあって、ご夫婦で仕事なさっている。日中はお年寄りだけになってしまうが「構わない」と言って下さるので、当面は状況を変えずに同居がスタートします。夫の兄弟姉妹は「これで安心した。お姉さんよろしくね。手伝いが必要な時はいつでも言ってね。」「ありがとう、そうさせてもらいますね」などという会話があることでしょう。

お年寄りにとって環境の変化は厳しいものです。心か身体のどこかが弱くなったからこその同居ですから、その弱い部分に激変が響きます。朝「いってらっしゃい」と家族を送り出したものの何もする事がない。お嫁さんは「のんびりしてて下さい」と言うが、元々働き者だった。役に立ちたいが、慣れない家のやり方は分からない。元の家だったら、○○さんがお茶のみに来る・ゲートボールの日だ・月末は老人会の誕生会…、楽しいのに。友人は居ないし、老人会にも誘われないし、散歩に出ても迷子になりそう。

この繰り返しは足腰を弱らせ「楽しく生きがいを持っていた過去へ」とお年寄りを追い込んでしまうようです。(…認知症がこのように進んでいくと思っています)要介護状態になられたお年より。

さあ、お嫁さんはどうするでしょう。通院や、介護サービスの見学・契約、見守りが必要で早退・遅刻・欠勤が増え、職場に居づらくなります。子供が休みだからと頼むと「友達と約束があるから駄目」、夫は「そんなことで休めるわけないだろう」と、まるで「妻の仕事より自分の仕事の方が上等だ」と言わんばかりの一言。「何かあったら言ってね」と言っていた兄弟姉妹も「こちらの生活もあるので…」と断られてしまう。結局、お嫁さんしかないのです。結果的にお嫁さんは仕事を止めることになるのです。

子供たちは自分のペースを変えないし、お年寄りをうっとうしく思っている。夫は「任せるよ」と、ろくに相談にものってくれず、まるで他人事。兄弟たちは必要の無い時に来て「お客様状態」(お嫁さんは接待しなければいけない)で、おばあちゃんに良い顔だけして帰っていく。ひどい場合は「デイサービス行きたくないって言ってるのに、何で無理やり行かせるの?仕事止めたんだから、ちゃんと看てあげてよ、私なら行かせたりしないわ…」などと言って自分の家へ帰っていく。
味方は誰でしょう?まるで、四方八方敵ばかりのように思えませんか?

私達は介護者の方々の「叫び声・泣き声」を心が潰れるような思いで伺います。お年寄り(要介護者)が悪いのでは無いけれど、結果的にお年寄りを恨むようになってしまうのが分かっているからです。家族や親戚との間にも深い溝を作ってしまいます。こういう現実に日々苦しんでいる介護者がたくさんいらっしゃる事を知ってください。

「主になる介護者」がどなたであれ、周りを囲む人々は「必要な時の手とお金を出して、口は出さない!!但し、ありがとうの一言は忘れずに!」。特に旦那様方、「お疲れ様、ありがとう」の言葉を。
今回も生意気を申しました。介護に疲れていらっしゃる方、つらい時はご遠慮なくお電話下さい。
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by hidamari-blog | 2006-02-28 11:39 | 高齢者

10月号:「役立たず」と思われたくない!

おばあちゃんは何もしなくていいからね…。疲れるといけないから家にいてね…。
この言葉って優しい思いやりにあふれた言葉に思いますか?もちろん「場面」「言い方」「声の調子」などにもよるでしょうが。

要介護の方や痴呆(認知症)の方と一緒に暮らすということは簡単なことではありません。初期なら楽?重度が大変?…いえいえ、いつもが大変なのです。特にお年を召されたから・お一人では心配だから、と同居なさるようになった場合は特に大変だと思います。

各々が各々のやり方を持っていらっしゃるわけですから。まして、お年よりは、お目が悪くなっていらしたり、物忘れがあったり、新しい方法を覚えることが難しかったりするわけですから。また、痴呆症状がおありの場合は、痴呆とはどういうことなのかをご存知でないと戸惑うことばかりのはずです。

家族がそれぞれの生活を送っていく中でリズムが崩されてしまうこと・ストレスがふえることは確かでしょう。でもそこで、一つ考えていただきたいのです。たとえば、会社で昨日までバリバリ仕事をしていたあなたが、ある日「君は今日から何もしないで座っていれば良い」・昨日まで家事全般をこなし、家族の世話も自分が居なければと思っていたのに「後は私に任せて部屋でのんびりしていて下さい」等と言われたら…。自分は役立たずになってしまったのか、誰にも必要とされないのかと寂しく空しい思いになるのではありませんか?まして、そこに若干の悪意(邪魔です…という意味)を感じ取ってしまったらつらいですよね。

「毎日毎日、どんなに忙しくても我慢してお年寄りを立ててください」などとは言いません。たまにで良いのです。休日の前の日など、少し気持ちに余裕があるときにでもお年寄りに何かお願いして差し上げてください。買い物にゆっくりお連れして「どれがよさそう?」などと相談を持ちかけてみてください。一瞬でも家族の役に立てたことをうれしく思われ、きっと素敵な笑顔を見せてくださるでしょう。

ひだまりはデイサービスです。ご利用者様に毎日色々お手伝いいただきます。台ふきを縫っていただいたり、食事の準備・洗いもの・編み物・洗濯物たたみなど。皆様、競うようにやってくださいます。家事がお出来にならない方には、相談ごとをしたり、昔のことを教えていただいたりします。お一人お一人が多くのご経験と力を持っていらっしゃいます。それを見つけて、力を維持していただけるように考えています。これは私たち介護職の大切な仕事の一つだと信じています。生意気のようですが「生活」をなさっているご家族には「やって差し上げたくても時間も気持ちもゆとりが無い」のが現状でしょう。ご家族の代わりとまではいきませんが、少しでもお役に立ちたいとおもっております。

特定非営利活動法人ひだまりは、12月1日から新しく「認知症専用デイサービス」を始める予定です。現在のひだまりはそのまま、近くにもう一軒、家を借りてスタートします。痴呆(認知症)の方と少しでも早い時期から関らせていただくことで、力を維持していただけるようお手伝いしたいと考えています。

(ひだまり日記 2005年10月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2005-10-28 15:02 | 高齢者

9月号:「呼び寄せ」の持つ危険性

「呼び寄せ」という言葉、本来は「呼び寄せる」(呼んで集める)という動詞でしょうが介護用語としては「別の土地に暮らしている両親などを子供の住む地に連れてくる」という意味になります。同居かどうかは別ですが、お年寄りにとってなれない土地での「安心で不安」な暮らしが始まります。

私はこのことが日本の高齢者福祉の大きな穴の一つだと思っています。介護保険は「在宅福祉を充実させる」事が目的のはずでした。在宅福祉というのは、その人が住みなれたところで安心して暮らし続けるための必要な支援をすることです。にもかかわらず、安心して暮らし続けることが無理としか思えない、お寒い福祉サービスしかないので、呼び寄せることになるのです。

年老いて新たな環境に入ること・慣れることの難しさは想像できると思います。ご本人が暮らし続けたいと言っても、ご近所の方等から「お年寄りだけで住んでいるのは危ない・火でも出されたら困る」などと悲しい言葉を言われたらご本人の意思を無視して呼び寄せを決断するしかないのです。

もしヘルパーの派遣がもっと多く、夜間の巡回もあり、訪問医療(医師・看護師)が充実し、住宅改造がきちんと廉価(介護保険でまかないきれれば最もよいが)でなされるようであったらご本人の希望どおり暮らし続けられるでしょう。そのとき、子供たちの役割は?回数多く顔を見に行き、状態にあった必要なサービスをきちんと調べ、契約をし、場合によっては金銭管理をし、サービスがきちんと行われているか・ご本人が納得しているかなどを確認する責任を負っているのです。

そして「あなたのおかげで、自分たちは幸せに元気に暮らしている」ことを伝える…という最も大事な親孝行をして帰ることです。これが実践されれば、親は子供に気兼ねすることなく自分らしく過ごし、住み慣れたところで暮らし続けることが出来るのです。北欧の福祉はこれが実践されているのだそうです。北欧が福祉先進国といわれる理由はこういう部分だと私は思っています。ところが、日本の今の福祉行政では望めません。

では、どうしたらよいのでしょう。私が今言えるのは、早い決断ということだけです。ご本人に「老い」が見えたと家族が感じたとき、「これからどうやって過ごして行く?」ということをご本人を交えてきちんと話し合うことです。(以前にひだまり日記で書かせていただいた「エンディングノート」があると話しやすいのですが)そして、もしご本人の気持ちと一致し、可能であれば「呼び寄せ」に進むことです。この時点であれば、ご本人の気力もまだ十分残っているので新しい環境に慣れる努力が可能であり、ご自分の持ち物の整理もご自身の判断で出来るわけです。さらに、介護サービスを選ぶのにもご本人の意思を確認すること・利用していく中で不満や不便がないかなど話し合うことも可能でしょう。

つまり、ぎりぎりの状況になってから呼び寄せとなるとご本人の意思を無視してしまい、同時に受け入れる側も準備不足な状態ですから様々なトラブルが起きてきます。同居している家族が本当に納得していない状況下で各自の生活リズムが崩れてしまう、そのリズムを調整し、不満を解消するために介護サービスを使うことになります。が、混乱しているご本人をお世話なさりながらでは役所へ出向くことや見学に行くなど、ご本人に合う良いサービスを選択する余裕もないわけです。

流れはお分かりいただけたと思います。早期決断、早期実行が一番なのです。とはいえ、これは理想論に近いです。普段からのコミュニケーションがうまくいっていないと難しいです。また、他の子供たち(兄弟)との問題もありますから、かなりのエネルギーを必要とします。

だから、一日伸ばしになってしまうのです。我が家も同様ですから偉そうなことは言えないですが、「呼び寄せ」ということがどういうことなのか、客観的にどういうことが起きるのかをを知っていただきたくて書きました。
「住み慣れたところで安心して暮らし続ける」・・・このことが可能な日本になることを願いつつ、中尾にあるちっぽけなNPOは毎日「おせっかいやき」をしています。何かご相談がありましたらご遠慮なくご相談下さい。何かお役に立てることがあるかもしれません。

(ひだまり日記 2005年9月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2005-09-28 15:01 | 高齢者

6月号:水虫に気づかないと

ジメジメの梅雨がやってきました。皆様、お変わりありませんか?
今日は「水虫」についてお話しましょう。毎度のことですが、私は医者でも看護士でもありませんから医療的なことは書けませんからご了承ください。

お年寄りの皮膚は乾いているので何となく水虫とは無縁のように思いませんか?ところが、介護の現場ではお年寄りの水虫をかなり見受けます。

ひだまりは、基本的に入浴をお受けしませんので足の状態を見るチャンスは少ないのですが、足の体操でソックスを脱いでいただいたり、むくみを理由に足浴をしていただいて観察するようにしています。

「爪水虫」のことは暴れん坊将軍もコマーシャルでやっています。爪が厚く硬く白濁しているようであれば「爪水虫」を疑って、できるだけ早く皮膚科専門のお医者様に診ていただいてください。以前、目が真っ赤にただれた方がいらっしゃいました。眼科受診の結果「水虫と同じような菌による炎症」という診断だったそうです。手足の爪に「爪水虫」がある方でしたので、その手で目を触ったことが原因のひとつかもしれないということでした(健康な方の場合、確率はそれほど高くないそうですが)。

私たちも入浴後に足指の間まで丁寧に拭く・乾燥させるということはあまりありませんね。特にお年寄りの場合は体を屈ませて、きちんと拭く事は難しいです。また、靴下の中の湿気を足温器や電気毛布などで暖かくしてしまうから水虫が生きやすい状況をつくりだしているのでしょう。

それでいてお年よりの皮膚で目に付くところはカサカサ乾燥していますので、足指の間などの隠れているところを調べることがないのです。どうぞ一度確かめてみてください。特に糖尿病をお持ちの方などの場合は治癒力が弱いですから、足のケアには気をつけて差し上げてください。

ただ、お年寄りの場合(特に女性)足を見せることに抵抗を感じる方がいらっしゃいますので拒否なさるようなら無理せず、入浴時などタイミングをみてさりげなく観察してください。今は水虫が無くても入浴後や清拭の後は指の間をよく拭いて、出来ればドライヤーでしっかり乾かしてください。

また、指輪をなさっている場合、不衛生になりがちです。水仕事の後・入浴後、足指と同様にしっかり乾かすようにしましょう。痴呆(認知症)の方の場合特に、手洗いや拭き方が雑になりがちです。できれば、指輪をはずしたほうがいろいろな意味で(落とした・無くなったということが起きる、排泄物が付着することがある等)良いのですが、むずかしいようであれば消毒綿を使いましょう。

水虫の手当てなどをなさった後、介護者の方も必ず良く手を洗い出来れば消毒しておきましょう。使用した爪切りやヤスリなども洗って消毒しておきましょう。これは、お年寄りのためだけではなくご家族皆様のためです。密閉容器にカット綿をある程度まとまった量入れて、消毒用エタノール(アルコール)をかけて保存します。いろいろなときに使えますので便利です。介護を必要となさる方がいらっしゃる場合、何箇所か(トイレ・台所・ベッドサイドは必ず)に消毒綿を用意しておくことをお勧めします。

付け加えますが、暑くなってってくると、ギャザーパンツ(紙パンツ)やパットなどをお使いの方はつらいです。想像できると思いますが, 通気性がよいといっても厚みがあるのでかなり蒸れます。この時期は冬と違って衣類も薄くなっていますので、トイレで手間取ることが少し減ります。ご家族の目と手がある時、たまには普通の下着にして差し上げるなどということもお考えください。

そして、タイミングを見てトイレに誘ってみて下さい。排尿排便の感覚を取り戻す良いきっかけになってオムツから離れられるかもしれません。オムツやギャザーパンツを使うことは少しの安心感であって、当たり前のことだと思わないでください。思い出しませんか?赤ちゃんのオムツはずしの時期を…。

注:アルコールや消毒薬はアレルギーの方がいらっしゃいますので確認してから使用してください。

(ひだまり日記 2005年6月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2005-06-28 14:58 | 高齢者

5月号:エンディングノートって

先日書類を捜している途中、あるものを見つけました。それはわたしの書いた「遺書」です。今から9年ほど前、骨髄移植のドナーに決まったときに書いたものです。ドナーになることを私自身はそんなに重いことと思っていなかったのですが、移植に至るまでの様々な手続きを経ていくうちに「こんなに大変なことなんだ」「もし私に何かあったら関わった方々に多大なご迷惑がかかるのだと」と分ってきました。そこで、数枚の便箋にその時に思い至った事を書き留めておいたのです。内容はもちろんここに書くことは出来ませんが、今読んでもその時の思いをきちんと伝えてあるなと思えるものです。

エンディングノートという言葉をご存知ですか?「老いじたく」とか「覚書」と言われるもので、回りの人たちに迷惑をかけないで自分自身の後始末ができるよう・またはしやすいように書き残すものです。遺言とは少し違います。本屋さんなどでご覧になったかもしれませんが、様々な形式・アイデアに富んだものが発行されています。私も一冊持っていますが、まだ書いてはいません。じっくり時間をかけて思い出しながら、懐かしい思いに浸りながら近いうちに書こうと思っています。内容を少し挙げてみましょう。

自分のプロフィール・病歴・重要書類の番号や保管場所・資産の状況・嗜好・好きな言葉・ペットのこと・形見分け・系図・知らせたい友人達・終末医療・尊厳死についてなどを書き込むようになっています。そして「老いじたくチェックシート」というのがあって、介護に関してなどの決定権は誰に頼みたいか?などを書くページがあります。

また、今現在の状態で将来を想像し「希望する介護サービスは何か」、「在宅で居たいか・施設に入りたいか」。細かいことになると「介護用の食事はレトルトのものでもかまわない」などの選択肢のある介護内容についても書かれてあります。自分史・葬儀用の写真を貼っておくページなどもあります。それ以外にたくさんの情報・アドバイスが書いてあるので、初めて聞く言葉などがわかりやすく説明されています。

この頃、若年性アルツハイマーのことを朝日新聞が取り上げていました。私も若年性アルツハイマーの方と関わっていますが、何を望んでいらっしゃるのだろう、どこへ行きたいと思っていらっしゃるのだろうと探る日々です。まだまだご本人が現役の年齢ですから心の中は嵐のように荒れているでしょう。焦りや不安は創造を絶するものでしょう。

言葉がスムーズであれば良いのですが、失語状態があると思いが伝わらないイライラも追い討ちをかけるのです。介護されるご家族も「その方の一部」しか分らないのだということに愕然となさるようです。福祉サービスの担当者からはご本人についての情報を提供するように言われます。

介護を必要とするなど考えてもいなかったのですから、細かい心の動きや考え方などを知ろうとなさることはなかったでしょう。ご家族お一人お一人も自分自分の日常をこなすのに必死ですからそれは当たり前です。私の家族も今私に介護が必要になったとしたら分らない事ばかりだと思います。

そんな時、エンディングノートが用意してあったら、どんなに助かるでしょう。現実を直視する辛さもあるかもしれないですが、ご本人はきっと「そうそう、そこに書いてあるとおりにしてね。」「家族に負担をかけるのは最低限にしたいよ」・・・と言葉に出来なくても心の中でホッとされることでしょう。

意思表示が出来ないからと言って、何も感じない・傷つかないと言うわけではありません。家族たちが喧嘩したり、もめたり、押し付けあったりしているのは見たくないし聞きたくないでしょう。現実に介護に関わっていらっしゃるご家庭の話などでそのような話を耳にされることがおありでしょう。

全く何事もなく平和に進んでいくなどということは無いでしょうが、いくらかでも回りの方たちを楽にして差し上げられるように準備するのが家族の一人としての大切な役割なのではないかと思うのです。皆様も一度お考えくださいませんか?ちょっと悲しいかもしれないですけれど、大切なご家族ご親戚のお顔を思いながら、穏やかな将来のために・・・。

(ひだまり日記 2005年5月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2005-05-28 14:57 | 高齢者

1月号:出来る事を数えてください

12年程前になりましたが、息子の小学校で福祉講演会がありました。そのときの講師は
「牧口 一二さん」というポリオ(小児麻痺)のため松葉杖をついて歩いておられる方です。(教育テレビ「きらっと生きる」という番組に出ておられます)

「僕はこれから新幹線に乗って帰ります。もしその列車が脱線・横転して乗客がたくさん怪我をしたとしましょう。お医者様があるけが人に『重傷なので足を切断しなければなりません、そうしないと命に関わる』とおっしゃったとしましょう。きっとそのけが人は『足がなくなるくらいなら死んだほうがましだ!』というでしょう。

でも私はもともと片方不自由なのだからもう片方が無くても大丈夫、とにかく命があればいいんだとはっきり言えるのです。」という言葉が心に残りました。障害を持たれた方の全てがこのように強いとは限りませんが、「障害を受容した方の強さ」実感したからです。

私は夜寝る時に布団の中で本を読むときが大好きな時間でした。ところが、老眼になってメガネをかけなければ本が読めなくなって、いつからかその習慣を止めてしまいました。とても大切な時間を無くしたように思うのです。また、若い時と違い記憶力が弱り、覚えなければいけないことが覚えられなかったり、人の名前がなかなか出てこなかったりします。出来ないことが増えてきたことを感じています。

障害を持ったとき、高齢になったとき、痴呆症状を呈してきた時、ご本人やご家族は「失ったもの・できなくなったことを数える」でしょう。当然の思いですが、その苦しさを一番強く感じておられるのはご本人です。ご家族の役割は、ご本人がその状況を出来る限り早く受容できるようにお手伝いすることになるのでしょう。

が、ともすると「あんなにちゃんと出来たのに…」「こんなことも分らなくなったの?」と言ってしまいがちです。ご家族の方たちも急激な変化を受け入れられないですから当たり前です。でもどうか、傷つき、戸惑っているご本人をさらに苦しめないであげて下さい。

目に見える障害を持たれた方に対しては比較的優しく出来るのですが、痴呆やご高齢の場合にはなかなか優しくなれないものです。理由は色々だと思いますが「出来なくなった」と周りは分るのにご本人は「出来る」と思い込んでやってしまったり、言い張ったりなさる。「ホラ、出来ないじゃない」という結果が分っているのに、ご本人はその事がわからず又くり返してしまうということもトラブルの一因ではないでしょうか。

人はお母様のお腹から生まれて「出来る」ことを一つ一つ増やしながら大人になっていきます。人生の山登りで頂上を目指していくときです。何歳が頂上なのかは人によって違うでしょうが、頂上にしばらく居た後は緩やかな下り道です。「今は天国におられるであろうお母様のお腹の中」に向かって山を下っていくのです。

「出来ることのいくつかを失いながら」。でも、たくさんの出来ることを持ち続けても居られます。赤ちゃんの成長を見守るように、失っていくことの不安を抱える方をどうぞ優しく支えて差しあげて下さい。出来ることを認め(褒めたりしなくてよいのです)出来ないことを温かく手伝ってあげてください。

こんなきれい事をいっても、忙しい日常生活の中でゆっくり付き合っていられないのは当たり前です。思い出していただける時があったらその時だけで良いのです。瞬間の優しさ・笑顔だけでもご本人はホッと救われるはずですから。一番心にとめておいていただきたいのは「誰もが行く道」なのだということです。

(ひだまり日記 2005年1月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2005-01-28 14:53 | 高齢者

8月号:家族の知らない一面が…

残暑お見舞い申し上げます。みなさま、いかがお過ごしですか?これを書いている今日、赤とんぼを見ました。立秋を迎え赤とんぼは自分の出番をちゃんとしっているのですね…。

ところで、貴方は貴方のお父様・お母様のことをどのくらいご存知でしょうか?親御さんがご高齢になられて、皆様方が何かの形(書類上であったり、実質的であったりしますが)で介護者の立場になられる事があります。そのとき、これまで知らなかった親御さんの姿に出会うことがあるようです。それはまるで我が子のことなのに全く知らなかった一面を知らされ、喜んだり、驚いたり、寂しく思ったりする子育ての一場面のようです。

働いているご両親の姿しか見ていなかったとおっしゃる方が多いです。家族のために必死で働いておられるご両親の生活の中に「遊び」「趣味」という要素はなかなか見つけられなかったでしょう。でも、親御さん方にも別の一面がおありです。

ひだまりにおいでくださっている14人のご利用者さん。どの方もお若い頃のことを話されると生き生きなさいます。痴呆のある方も昔のことはしっかり覚えておいでです。現代の若者よりもずっとずっと充実した日々を送っておられたように思います。だからこそ、思い出話を聞かせていただく私たちに感動が伝わるのだと思います。

修行でつらいとき泣きながら歌を歌ったとか、終戦後日本に帰って聞いた「りんごの歌」で平和を知ったなど。歌は思い出の効果音になっているのを感じます。聞くのがお好きな方、歌うのがお好きな方、それぞれ歌を楽しまれます。懐かしい歌を収めた歌集一冊をほとんど歌える方が何人か居られます。

そのことを「連絡帳」(ひだまりと介護者の方との)に書きましたら、「母が歌うとは知りませんでした」「ひだまりで歌った『青葉茂れる』ってどんな歌?と聞くと喜んで歌ってくれました。初めて聞いた母の歌声、涙が出ました」などとお返事を書いて下さいました。

お父さんは、知らない人と関わるのは嫌いだからデイサービスやホームヘルパーは絶対に無理だと思い込んでおられたご家族。ひだまりで大人気になるほど楽しく面白い方ですとお知らせすると、ご家族はほっとされると同時に信じられないとおっしゃいます。

男性の場合、家の外でずっと「社会人」を続けてこられたのですから、他人と上手に関わる力をお持ちになっているように思います。とはいえ再び「対外的な顔を作る生活」になってしまうことは、申し訳ないとも思いますが。

良い話だけではありません。「とても穏やかな優しいお父様・お母様」だった方が、物取られ妄想や孤立感から「怒り」「暴言」「拒否」を表すようになってしまうこともあります。これは、本当に悲しくショックなことだと思います。そうなるとご家族はとてもつらい状況になられます。が一番つらいのはご本人です。

心の中で「どうしたのだろう…自分は変だ…」と感じながらも抑えられないほど不安で恐いのです。大好きだったお父様・お母様を胸の中にしっかりと納めた上で、「痴呆と言う病気にかかった別の人格」として熱い心と冷めた頭で接して差し上げてください。

「あのお母様が」「あのお父様が」と比較してはお気の毒です。私の先生が講演会でおっしゃいました。「痴呆は家族がずっと看きれるほど甘くない」と。もちろん、可能な場合もあります。でも、厳しい症状を呈する痴呆は多いです。

親御さんの「楽しく素適な一面を発見」したら、心からうれしく思えるようなゆとりを持つためにも、早い時点で人の力を使ってください。「なんかおかしい…」と思った時がそのときです。

(ひだまり日記 2004年8月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2004-08-28 14:48 | 高齢者

5月号:リハビリテーション…?

脳血管障害が原因で四肢に麻痺が残ることがあります。脳の左側が病気の原因の場合、首から下の麻痺は右側に、脳の右側が原因の場合は左側に残る可能性があります。

入院中からリハビリテーションが行われます。リハビリテーションというのは一般的には機能の回復を言います。骨折の場合などは治療のため固定し安静にしていた間に、衰えたり固まってしまった筋力・筋肉を鍛え・柔らかくして出来る限り以前の状態に近づけていくことになります。

麻痺が強い場合は「残された機能を出来る限り維持すること・健側(麻痺の無い側)を上手に使い、さらに麻痺側をたすけること」等を練習することになるようです。退院後はリハビリのために通院します。通院が難しい場合は訪問リハビリという方法もあります。患者さんご本人が前向きな場合、意味をきちんと理解されている場合はかなり長期間続けられるようです。

しかし訓練拒否や、指示が理解できない場合は「やめましょう」というケースがかなりあるようです。私が関わったケースでも、脳梗塞が原因で痴呆症状のある方が指示を理解できず、やる気がないとみなされ訓練は中止。家族が必死になって歩行訓練をなさっていた方がおられます。

若年の方の場合は社会生活への復帰が目標になるのですが、ご高齢の方の場合目標を持てない場合があります。心身ともにきつい状況でリハビリをがんばるには、はっきりとした目標や希望が無いと難しいと思います。そういう時、周りの者が手伝えることの一つが「目標や希望を提案すること」だと思います。ご本人が大切に思われていることで、近い将来実現可能なことをご家族が共にうれしそうに話し、応援されることが大切なのではないでしょうか。簡単なことではありませんが何とか楽しみを見つけ、約束を実現して差し上げてください。そして、もう一つ大切なこと・・・。

以前にすんでいた所で「地域リハビリ教室」のボランティアをしたことがあります。そこに奥様が付添われて参加なさるMさんという男性がおられました。Mさんは最初のバイタルチェック(血圧測定等)と体操、最後のお茶のみは参加されるのですが、その他の作業(音楽・お習字・はり絵・ケーキ作り・・)は一切なさらずタバコを吸いに車椅子で庭に出てしまわれます。吸い過ぎると困ると言う奥様の言葉で私はいつもお目付け役として一緒に庭で過ごしました。

その方がおっしゃった一言は私の活動に影響しています。それは「お上手ですねと言われたくない!」という言葉だったのです。発病前、その方は一流企業でバリバリ働いておられました。数回の発作の結果重度の麻痺が残り、得意だった書道も利き手では筆がもてません。リハ教室に参加したある日、Mさんは書道に兆戦なさったそうです。以前の自分の字とは似ても似つかない字・力の入らない字で暗澹たる想いだったそうです。

ところが、それを見たボランティアさんが「まあ!お上手ですね」と誉めたのだそうです。別の時「飲料水の空き容器で作った楽器で合奏」というのをやっていた時、幼児に言うみたいに「あらとてもお上手じゃない?」と言われたのだそうです。「リハ教室をやめたいが、奥様の気晴らしの場所らしいから参加している」とおっしゃるのでした。ボランティアさんがどんな言葉を使えばよかったのかを申し上げるつもりはありません。

Mさんの言葉を知らなければ私も良かれと思って同じ事を言っていたでしょう。ひだまりでは利用者さん方に昼食の準備や後片付け、布巾を縫うこと、大工仕事など手伝っていただきます。そのときに「お上手ですね」などとは絶対に言いません。

いまは痴呆症状があっても、私達よりもずっと長い間家事や仕事をなさってきた方たちです。「ありがとうございました。手伝っていただいて助かりました」というだけです。Mさんの言葉を常に心にとめ、自分が相手の立場だったらどう感じるかを考えて言葉を選ぶようにし、スタッフにもそのように伝えています。

日常の仕事をすることは大切なリハビリです。プライドを傷つけず、やる気をなくさないような言葉かけが周りの者の大切な関わり方だと思っています。

(ひだまり日記 2004年5月号掲載分)
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by hidamari-blog | 2004-05-28 14:45 | 高齢者



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