ひだまり日記

1月号:出来る事を数えてください

12年程前になりましたが、息子の小学校で福祉講演会がありました。そのときの講師は
「牧口 一二さん」というポリオ(小児麻痺)のため松葉杖をついて歩いておられる方です。(教育テレビ「きらっと生きる」という番組に出ておられます)

「僕はこれから新幹線に乗って帰ります。もしその列車が脱線・横転して乗客がたくさん怪我をしたとしましょう。お医者様があるけが人に『重傷なので足を切断しなければなりません、そうしないと命に関わる』とおっしゃったとしましょう。きっとそのけが人は『足がなくなるくらいなら死んだほうがましだ!』というでしょう。

でも私はもともと片方不自由なのだからもう片方が無くても大丈夫、とにかく命があればいいんだとはっきり言えるのです。」という言葉が心に残りました。障害を持たれた方の全てがこのように強いとは限りませんが、「障害を受容した方の強さ」実感したからです。

私は夜寝る時に布団の中で本を読むときが大好きな時間でした。ところが、老眼になってメガネをかけなければ本が読めなくなって、いつからかその習慣を止めてしまいました。とても大切な時間を無くしたように思うのです。また、若い時と違い記憶力が弱り、覚えなければいけないことが覚えられなかったり、人の名前がなかなか出てこなかったりします。出来ないことが増えてきたことを感じています。

障害を持ったとき、高齢になったとき、痴呆症状を呈してきた時、ご本人やご家族は「失ったもの・できなくなったことを数える」でしょう。当然の思いですが、その苦しさを一番強く感じておられるのはご本人です。ご家族の役割は、ご本人がその状況を出来る限り早く受容できるようにお手伝いすることになるのでしょう。

が、ともすると「あんなにちゃんと出来たのに…」「こんなことも分らなくなったの?」と言ってしまいがちです。ご家族の方たちも急激な変化を受け入れられないですから当たり前です。でもどうか、傷つき、戸惑っているご本人をさらに苦しめないであげて下さい。

目に見える障害を持たれた方に対しては比較的優しく出来るのですが、痴呆やご高齢の場合にはなかなか優しくなれないものです。理由は色々だと思いますが「出来なくなった」と周りは分るのにご本人は「出来る」と思い込んでやってしまったり、言い張ったりなさる。「ホラ、出来ないじゃない」という結果が分っているのに、ご本人はその事がわからず又くり返してしまうということもトラブルの一因ではないでしょうか。

人はお母様のお腹から生まれて「出来る」ことを一つ一つ増やしながら大人になっていきます。人生の山登りで頂上を目指していくときです。何歳が頂上なのかは人によって違うでしょうが、頂上にしばらく居た後は緩やかな下り道です。「今は天国におられるであろうお母様のお腹の中」に向かって山を下っていくのです。

「出来ることのいくつかを失いながら」。でも、たくさんの出来ることを持ち続けても居られます。赤ちゃんの成長を見守るように、失っていくことの不安を抱える方をどうぞ優しく支えて差しあげて下さい。出来ることを認め(褒めたりしなくてよいのです)出来ないことを温かく手伝ってあげてください。

こんなきれい事をいっても、忙しい日常生活の中でゆっくり付き合っていられないのは当たり前です。思い出していただける時があったらその時だけで良いのです。瞬間の優しさ・笑顔だけでもご本人はホッと救われるはずですから。一番心にとめておいていただきたいのは「誰もが行く道」なのだということです。

(ひだまり日記 2005年1月号掲載分)
by hidamari-blog | 2005-01-28 14:53 | 高齢者
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